人事異動

出向・転籍を拒否する社員への正しい対応方法

動画解説

はじめに

 企業経営において、社員の配置転換は避けられない場面があります。
 とくにグループ会社を有する中堅企業では、「転籍」や「在籍出向」の制度を活用して人材の流動性を高めることが、戦略上不可欠となるケースも少なくありません。しかし、出向や転籍を命じた際に社員がこれに応じない場合、対応を誤ると重大な法的トラブルに発展する可能性があります。近年では、「態度が悪い社員」や「問題社員(一般にモンスター社員とも言われている。)」への対処策の一環として出向や転籍の導入を検討する企業も増えていますが、このような場合にも慎重な運用が求められます。この記事では、企業が出向・転籍を進める際の基本的な注意点と、社員が拒否した場合の対応方法について、会社側弁護士の視点から解説していきます。

出向と転籍の基本的な違いと法的な扱い

 まずは、在籍出向と転籍の違いを正確に理解することが重要です。転籍とは、現在の会社との雇用契約を終了させ、新たな企業と新たな雇用契約を結ぶ形式であり、雇用主が完全に変わることを意味します。したがって、転籍には社員本人の同意が必須です。一方で、在籍出向は、元の会社との雇用関係を維持しながら、出向先で指揮命令を受けて勤務する形態です。この場合、雇用主は変わらず、給与などの処遇も元の会社が継続して行うことが一般的です。いずれの制度も、通常の部署異動や配置転換とは異なり、社員の勤務環境や人間関係に大きな変化をもたらすため、慎重な検討と丁寧な説明が不可欠です。

転籍には本人の同意が必要か

 企業がまず理解しておくべき基本原則は、転籍には社員本人の同意が絶対条件であるということです。たとえ入社時に「将来的に転籍の可能性がある」と説明していたとしても、それだけで転籍を一方的に命じることはできません。実際に雇用主が変更される以上、転籍には本人の署名を伴う同意書が必要です。もしもこの手続きを経ずに転籍命令を出してしまった場合、法的にはほぼ確実に無効とされ、会社が敗訴するリスクが高くなります。そのため、転籍の必要性、労働条件の変更内容、今後の見通しなどについて、社員に対して丁寧な説明を行い、納得のうえで同意を得るプロセスが極めて重要となります。

説得活動のポイント:条件と将来性の提示

 社員の同意を得るためには、転籍の目的や理由を誠実に説明し、将来のキャリアパスを明確にすることが求められます。なぜその社員に転籍が必要なのか、業務上の合理性がどこにあるのか、給与や勤務条件に変化があるのか、転籍が恒久的なものなのかそれとも一時的な措置なのかといった点を明らかにしなければなりません。社員にとって先が見えない異動は不安要素となり、不信感につながるため、見通しや方針を丁寧に伝える姿勢が欠かせません。

在籍出向は命令が可能だが、納得を重視

 在籍出向については、一定の条件を満たすことで企業側が命令することが可能です。とはいえ、ここでも社員の納得を得ることが非常に重要です。法的には、就業規則に出向に関する明記があり、かつ過去に同様の出向実績がある場合には、出向命令の合理性が認められる傾向にあります。ただし、社員が強く反発しているケースや、過去にほとんど出向を行っていない企業では、出向命令そのものの有効性が問われる可能性が高くなります。したがって、転籍と同様に、「なぜ出向が必要なのか」「どのような条件で出向するのか」について、納得が得られる説明を行い、可能な限り本人の同意を得て進めることが望ましい対応といえるでしょう。

権限の有無は就業規則と実績で判断される

 出向命令の正当性が法的に認められるかどうかは、主に二つの観点から判断されます。第一に、就業規則に出向に関する規定があるかどうか。たとえば「業務上の必要に応じて出向を命ずることがある」といった明文があるかが重要です。第二に、過去に実際の出向実績が存在するかどうか。直近の数年間に複数の社員に対して出向を命じた実績がある場合には、企業側の出向命令権が実質的に認められる傾向があります。これに対し、規定があるだけで実績がない場合には、実効性が疑問視され、命令の有効性が争われるリスクが高まります。

不当な目的や不利益性があるとリスクが高まる

 形式上の出向命令が正しくても、その目的や結果として社員に不当な不利益が生じるような場合には、命令自体が無効と判断される恐れがあります。たとえば、特定の社員に対する嫌がらせや退職勧奨を目的とした出向、あるいは著しく給与が下がる、通勤時間が大幅に延びるなど過度な負担が課されるようなケースが該当します。とくに、態度の悪い社員や指導に従わない社員への対応策として出向を用いる場合には、処分的・感情的な対応と受け取られないよう、細心の注意を払う必要があります。

社員の同意を得るための工夫と準備

 出向や転籍を円滑に進めるためには、社員の納得感を得ることが最も重要です。そのためには、出向先の業務内容やその意義、業務を通じて得られる成果などを資料で提示し、社員にとっても前向きなステップであることを示す工夫が有効です。また、給与、勤務地、出向期間などの条件についても書面で明示し、本人が復帰できる可能性や、将来的なキャリアパスについても明確に説明しましょう。さらに、社内の制度として一定の運用実績を積み上げ、他の社員も同様の出向経験をしていることを共有することで、制度への信頼感を高める効果も期待できます。

出向・転籍を拒否された場合の処分

 出向や転籍に社員が応じないからといって、直ちに懲戒処分や解雇を検討するのは極めて危険です。そもそも、懲戒処分の前提には、企業側の命令が法的に正当であることが必要です。したがって、会社に明確な出向・転籍命令の権限や合理的理由がないまま、社員の拒否を理由に不利益処分を行うことは、法的にも認められにくいといえます。

社員対応で困ったら、法的な視点からサポートを

 出向や転籍は、社員のキャリアや人生に大きな影響を与える人事措置であり、その運用には非常に慎重さが求められます。たとえ正当な目的であっても、社員が拒否した際には、「協力的でない」「態度が悪い」といった感情的な反応ではなく、対話を重ね、手続きを一つ一つ確認しながら対応を進めることが肝心です。とくに、問題社員(一般にモンスター社員とも言われている。)に対する対応策として出向や転籍を考えている場合には、手続きの正当性と実務的な根拠を慎重に確認しながら進める必要があります。

専門家への相談

 四谷麹町法律事務所では、出向や転籍に関する企業の皆様からのご相談を広く受け付けており、社員対応に関する法的サポートを提供しています。問題社員への対応、社員の同意取得に向けた説明資料の作成、出向先との契約内容の確認など、実務的かつ戦略的な支援が可能です。また、必要に応じて、社員本人やその代理人弁護士との交渉を当事務所が代理することもできます。トラブルが表面化する前にご相談いただくことで、企業側のリスクを最小限に抑え、円滑な対応が可能となります。出向・転籍に関してお悩みの際は、ぜひ四谷麹町法律事務所にご相談ください。

新着記事

  • パワハラだと訴え、指導に従わない社員への正しい対応法とは

  • 能力不足による事故・損害が発生した場合の企業対応と損害賠償の可否

  • 極端に能力が不足していて仕事ができない社員を本採用してしまった後の解雇

  • 能力不足社員を採用してしまった場合の退職勧奨の進め方

  • 能力が極端に不足している社員への配置転換の実務的対応

過去記事

オンライン経営労働相談

会社経営者を悩ます労働問題は、四谷麹町法律事務所にご相談ください。
労働問題の豊富な経験と専門知識で、会社経営者の悩み解決をサポートします。

経営労働相談のご予約はこちら