2025.05.29
賃金が下がる人事異動に潜むリスクと企業が取るべき対応策

目次
動画解説
はじめに
中小企業においては、業績の変動や組織再編に伴い、人事異動が避けられないことがあります。そして異動により業務の内容や責任が軽くなる場合、給与も見直したいと考えるのは経営側として自然な発想です。しかし、賃金の減額を伴う人事異動は、従業員との間で深刻なトラブルを引き起こす可能性が高く、慎重な対応が求められます。
本記事では、「態度が悪い社員」や「問題社員(一般にモンスター社員とも言われている。)」への対応も視野に入れつつ、企業が注意すべき賃金減額付き人事異動のポイントと法的リスクについて、会社側弁護士の視点から解説します。
賃金減額付き人事異動はなぜトラブルが多いのか
業務内容が変わったのだから報酬も見直す――経営側にとっては公平な考え方に思えるかもしれません。しかし、働く側にとって給与は生活の基盤です。たとえ職務内容が軽くなったとしても、収入が減れば生活の質を落とさなければならず、納得できないという感情が自然に生まれます。
特にこれまで給与の変動があまりなかった企業であれば、突然の減額は「約束が違う」と受け取られるリスクが高くなります。このような感情のすれ違いから、法的トラブルに発展するケースが後を絶ちません。
トラブルを防ぐための前提条件:就業規則と社内実務の整合性
給与減額が伴う異動を行うためには、「契約上の根拠」が不可欠です。具体的には、就業規則や雇用契約書において、業務内容の変更によって賃金が変動する可能性がある旨が明記されている必要があります。
また、規定があったとしても、それが実際に社内で長年運用されてきた実績があることも重要です。過去に同様の措置を取っており、社員もその前提で入社しているのであれば、トラブルは起きにくいでしょう。
逆に、明文化されていても、実際には運用されてこなかった場合や、社員の認識との乖離がある場合には、「不利益変更」として争点になり得ます。
曖昧な規定では通用しない:具体性と運用実績がカギ
「業務内容に応じて賃金を変更することがある」といった抽象的な一文だけでは、法的根拠としては不十分です。企業が賃金を減額するには、具体的に「この等級であればこの金額」「この職種であればこの手当」といった定義が必要になります。
とはいえ、すべての企業が等級制度や人事評価制度を完備しているわけではありません。中小企業では、状況に応じて柔軟に報酬を決めるスタイルが一般的なため、こうした詳細な制度設計は困難なことも多いでしょう。
その場合、少なくとも「営業職はこの体系、それ以外はこの体系」といった大枠のルールを整備しておくことで、リスクを軽減できます。
減額の正当性だけでは不十分:異動命令の「権限行使の適正」も重要
仮に契約上の根拠があったとしても、それだけでは足りません。人事異動に伴う減額が「業務上の必要性に基づく適正なものであるか」も問われます。
ここで問題となるのが、「異動先での業務に必要だから配置したのではなく、嫌がらせ目的ではないか」という疑いです。実際、社員から「給料を下げるために意図的に異動させられた」と訴えられるケースは珍しくありません。
そのため、会社としては「なぜこの異動が必要だったのか」を、社内外に納得してもらえるように説明できる準備が必要です。
説明責任を果たすために:準備しておくべき情報と姿勢
異動の必要性を説明する際には、以下のような視点が求められます。
・当該社員をそのポジションに異動させる具体的な業務上の理由
・減額となる手当や報酬の中身と妥当性
・他の社員との公平性・整合性
・これまでの社内での運用実績と入社時の周知状況
「会社の裁量で決められる範囲だ」という一般論で片づけるのではなく、裁判官や第三者にも納得してもらえるような、具体的で現実的な説明が重要です。
特に注意したい「態度が悪い社員」や「問題社員」への人事措置
態度の悪化や協調性の欠如などが見られる社員に対し、懲戒処分ではなく人事異動で対応しようとする場合もあります。その際、「事実上の懲罰ではないか」「退職を迫る目的ではないか」と受け取られれば、かえって問題が拡大するおそれがあります。
問題社員(一般にモンスター社員とも言われている。)への対応であっても、会社は説明責任と配慮義務を果たす必要があります。特に給与の減額が絡む場合には、感情的な反発を引き起こしやすく、退職や労働審判、訴訟リスクに直結します。
比較的実行しやすい対応例:「役職手当」の見直しから始める
中小企業において制度整備が追いつかない場合は、比較的明確に実施できる「役職手当」の減額・廃止から取り組むのが有効です。
たとえば、部長職を外れたことに伴い、月10万円の手当を廃止するといった対応は、ルールの明確化と社員の納得が得られやすく、トラブルに発展する可能性が低くなります。
その上で、徐々に「職種別の賃金体系」や「等級別報酬基準」などの制度整備を進めていくと、より安定した人事管理が可能になります。
最後に:給与減額付き人事異動は“丁寧な準備と運用”がすべて
会社としては業務の軽減や責任の縮小に応じて報酬を見直すことは当然のことと感じるかもしれません。しかし、従業員の立場では生活がかかっており、容易に受け入れられないことが多いのが実情です。
減額が争われるのは、不公平感や不信感が原因です。そのためには、以下の三点を常に意識する必要があります。
・契約や規定の整備(明文化)
・社内実務との整合性(実績)
・個別事案ごとの合理的な説明(納得性)
この3つが整っていれば、たとえ厳しい判断であっても、企業の立場を正当化しやすくなります。
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