能力不足の社員に退職してもらうには?解雇リスクを避ける適切な対応策

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企業の採用活動では、理想どおりの人材を確保できるとは限りません。中には、何度指導しても業務の基本が身につかず、周囲に過度な負担をかけてしまう社員もいます。いわゆる問題社員(一般にモンスター社員とも言われている。)への対応は、企業全体の生産性や士気を左右する重要な課題です。
ただし、「能力が低いから今すぐ辞めてほしい」といった安易な対応は、労使トラブルに発展するリスクがあります。法的リスクを最小限にとどめながら、円満な退職へと導くためには、実務的な工夫と準備が欠かせません。
能力不足の社員には「試用期間中」の対応が基本
能力に疑問がある社員について最初に確認すべきなのは、「まだ試用期間中かどうか」という点です。試用期間は本採用前の「見極め期間」と位置づけられ、法律上も本採用後と比べて解雇や本採用拒否のハードルはやや低く設定されています。もちろん、客観的な合理性や社会通念上の相当性は求められますが、試用期間内に対応を行う方が、本人にも企業にも納得感が得やすくなります。
採用後に問題が発覚した場合でも、試用期間中であれば「今回のご縁はなかった」と比較的冷静に判断できる余地があります。これに対して、試用期間満了後に「能力不足なので退職してほしい」と伝えた場合には、「本採用の約束を一方的に破られた」と捉えられやすく、感情的対立や法的トラブルに発展する可能性もあります。そのため、能力面で不安がある場合には、可能な限り試用期間中に対応を検討すべきです。
試用期間の「長さ」も重要な判断材料
多くの企業では、試用期間を3ヶ月と設定していますが、その期間で本当に社員の適性を見極めることができているかを再考する必要があります。業務内容によっては、数ヶ月では適性が見えにくい場合もあります。実際に「3ヶ月では判断がつかず、4〜5ヶ月経ってようやく結論に至った」という企業も珍しくありません。
そうした企業にとっては、初めから6ヶ月の試用期間を設けておくほうが実態に即しています。もちろん試用期間の延長には、就業規則の整備や募集時点での条件明示といった手続きが必要ですが、適正な期間設定は企業と社員の双方にとって無用な誤解やトラブルを回避する効果があります。ただし、単に長期間を設定すれば良いというわけではなく、業務の性質や育成の実態に照らして「必要最小限の期間」であることを、合理的に説明できる体制が求められます。
合意退職を得るには「納得感」がカギ
仮に退職勧奨を行うにしても、「あなたは能力が低いから辞めてください」と一方的に伝えるだけでは不十分です。本人の納得を得るためには、実際にどのような業務ができなかったのか、どのような指導を行ってきたのか、それでもどのように改善されなかったかといった具体的な経緯を丁寧に伝える必要があります。さらに、他の社員にも同様の基準で指導を行ってきたという事実を添えることで、公平性を訴えることができます。
こうした説明があって初めて、退職の提案が「気分的な決定」ではなく「業務遂行上の合理的判断」に基づくものであることが伝わり、本人も状況を受け入れやすくなります。
曖昧な表現は避け、具体的な行動と結果を記録する
「何度言っても改善しなかった」「職場の雰囲気が悪化している」などの抽象的な表現は、後に「不当評価だ」「根拠が曖昧だ」と反論される可能性があります。そこで重要となるのは、客観的かつ具体的な記録です。たとえば、「○月○日に納品ミスを繰り返した」「△月△日の会議で説明内容を理解できなかった」「□月□日に業務手順を誤りクレームが発生した」など、日時・行動・結果が特定できる形で記録を残し、それに基づいてフィードバックを行うことが求められます。
このような記録があるだけで、退職勧奨を行う際の説明に説得力が増し、また仮に法的トラブルに発展した場合でも企業の正当性を裏付ける重要な証拠となります。
解雇ではなく、退職合意を目指すべき理由
能力不足を理由に解雇することは、法的には非常に難易度が高く、慎重な手続きと合理的な理由が求められます。そのため、実務上は「合意退職」を目指すことが最も現実的かつ穏便な解決手段です。その際、円満な合意形成を促すために、「退職条件の提示」も有効な選択肢となります。
たとえば、残りの出社義務を免除して最終給与までを満額支給する、あるいは退職金とは別に一定の金銭を支給するなど、本人にとって納得しやすい条件を提示することで、合意の成立がスムーズに進み、企業側の負担も結果的に軽減されることがあります。
「自分が悪い」と納得してもらえるために必要なこと
周囲の社員や上司が「もう限界だ」と感じていたとしても、そのまま本人に伝えてしまえば、「いじめ」「排除」と受け止められてしまう危険性があります。「みんながそう言っている」といった主張では、本人の理解は得られません。だからこそ、冷静かつ丁寧な説明が必要なのです。
本人自身は真面目に努力しているつもりでも、結果的に期待される基準に達していないという事実を、具体的な記録とともに明示することで、「自分には合っていない職場なのかもしれない」と納得してもらえる可能性が高まります。
本人のキャリアと健康を考えた選択を
忘れてはならないのは、能力不足の社員にとっても、適性に合わない職場で働き続けることは大きなストレス要因となり、心身の不調を引き起こすリスクもあるという点です。その意味でも、「この職場には適応しきれなかったが、別の道がある」という前向きなメッセージとともに、適切な退職を提案することは、本人の将来にとっても有益な選択肢となります。
企業側も、「社員の健康やキャリアを真剣に考えた上での提案である」との姿勢を持って退職勧奨を行えば、円滑な合意に結びつくケースは決して少なくありません。
会社側専門の弁護士に相談
四谷麹町法律事務所では、問題社員への対応に関して、注意指導の進め方や懲戒処分の判断基準、退職勧奨の適正な進め方など、企業側の立場に立った具体的なサポートを行っています。さらに、状況に応じて企業側代理人として問題社員やその代理人弁護士との交渉を担うことも可能です。訴訟や労働審判に至る前段階から適切な対応を講じることで、企業の負担を軽減し、トラブルの予防や早期解決が期待できます。問題社員への対応にお悩みの際は、ぜひ四谷麹町法律事務所へご相談ください。