能力が極端に不足している社員への配置転換の実務的対応

目次
動画解説
はじめに
企業で人材を採用する際、必ずしも期待どおりの能力や適性を持った人材が採用できるとは限りません。中には、何度教えても業務が身につかず、周囲の社員に過剰な負担をかけ続ける社員が出てくることもあります。こうした「能力が極端に不足している社員」への対応は、企業の生産性や職場の士気に直結する問題です。
もちろん、最初の段階では教育や指導を通じて成長を促すことが重要ですが、それでもどうしても業務が習得できない場合、単に退職を促す前に、配置転換という選択肢を検討すべきです。本稿では、問題社員(一般にモンスター社員とも言われる)のように、著しく能力が不足していると感じられる社員に対して、どのように配置転換という手段を活用できるかを、会社側弁護士の視点から実務的に解説します。
「能力不足」とは絶対的なものではない
多くの現場で「この社員は能力が低い」と判断されることがありますが、そもそも“能力が低い”という言葉自体が曖昧で抽象的です。法律的な意味での能力不足とは、労働契約で予定されていた業務遂行能力と、実際に示されたパフォーマンスとの間に著しいギャップが存在する状態を指します。これは「絶対的な能力の優劣」を評価するものではなく、あくまで「業務との適合性の欠如」を問題としているのです。
人には必ず向き不向きがあります。数学が得意だけれど国語が苦手な人がいるように、細かい事務処理には向かないが、人と話すことには長けているという人もいます。私自身も、中学時代に野球部に所属して一生懸命練習したものの、どうしてもうまくならず、結局別の道に進んだという経験があります。
このように「能力不足」という評価の背景には、今の仕事がその人の適性に合っていないというだけの可能性が十分にあるのです。その社員が絶対的に能力が低いというわけではなく、今与えられている職務に不適合なだけかもしれません。
向き不向きを見極める視点と配置転換の意義
ある仕事では成果が出せなくても、別の仕事であればその人の長所が活かされ、いきいきと働けるということは現実に起こり得ます。現在の業務では100点満点中20点の評価しか得られなくても、別の業務に配置転換すれば80点の働きをするかもしれません。そうした適材適所の発想をもとに配置転換を検討することは、企業にとっても社員にとっても極めて前向きな対応です。
配置転換によって職務を変更することで、社員の持つポテンシャルが開花し、会社全体の成果にも貢献することがあります。実際、「この人にはもう伸びしろがない」と見なされていた社員が、業務内容を変えることで驚くほど成長し、チームの中心的存在に変わったという事例も存在します。
適性の見極めは簡単ではないが、努力は必要
もちろん、「その人に何が向いているのか」をすぐに見極めるのは簡単なことではありません。適性テストや過去の職歴の棚卸し、日常の業務観察などを通じて探る必要があります。しかし、それが容易でないからといって、最初から「能力不足だから無理」と切り捨てるのは早計です。適性に合った業務が存在するかもしれないという前提で一度立ち止まり、再評価をすることが求められます。
配置転換によって活躍の可能性が開けるのであれば、その選択肢を検討しない理由はありません。逆に、適性を無視して能力不足を一方的に決めつけてしまうと、本人の成長機会を奪うことになり、企業としても人材活用の失敗という結果に終わるリスクがあります。
中小企業における配置転換の現実的な制限
とはいえ、すべての企業が十分な配置転換の余地を持っているわけではありません。特に中小企業では、部署数が限られ、業務内容も多岐にわたることは少なく、適性に合わせた業務の用意が難しいという現実もあります。こうした場合、「新しい仕事を作る必要があるのか?」といった悩みが生じます。
この「仕事を創出する」という考え方は、一見前向きに思えるかもしれませんが、実際には「雇用の維持を目的とした手段」に過ぎないこともあります。つまり、活躍の場を提供するというよりも、「辞めさせないためにとりあえずの業務を用意する」という後ろ向きな姿勢になりやすいのです。
無理に仕事を作る必要はない
私個人としては、雇用の維持よりも、社員一人ひとりが自分の能力を発揮して働ける環境を整えることのほうが、遥かに重要だと考えています。「能力不足」と言われる社員であっても、別の業務を試してみたら素晴らしい成果を上げることは珍しくありません。そのため、もし社内にそうした業務がないのであれば、他社に移って活躍してもらうという道を提示することも、経営者としての責任のひとつだと私は考えています。
新しい業務を作るとしても、それは本人の適性が明確に見えたうえで、「この仕事ならこの人が活躍できる」と確信を持てる場合に限るべきです。それ以外のケースで恒常的な業務を創出することは、本人の能力発揮の妨げとなるだけでなく、会社全体の運営バランスを崩すリスクも伴います。
他社での活躍を視野に入れた判断も必要
配置転換が難しく、社内に適性に合う業務が用意できない場合には、「能力不足 配置転換」の議論を超えて、「別の職場での活躍」という選択肢を考えるべきです。雇用を守ることだけに固執すると、結果としてその社員を「飼い殺し」状態にしてしまい、長期的には本人も企業も損をすることになりかねません。
社員が自分の才能を活かせる環境に出会えれば、その後のキャリアは大きく開けます。企業としては、その「適職への橋渡し」ができるような関わり方をすべきです。
配置転換は「試す価値のある手段」
能力不足を理由に退職を促す前に、まずは配置転換を検討してみるべきです。それが結果的に問題解決に繋がるかどうかはケースバイケースですが、「試す価値がある対応」であることは確かです。配置転換は、単に業務を変えることではなく、社員が自身の力を発揮するための新たなチャンスを提供するという意味を持ちます。
新しい仕事を作る必要はありません。あくまで既存の業務の中で「本人が向いているもの」があれば、それにチャレンジさせてみる。これこそが配置転換の本質です。それでもなお、どうしても社内での対応が難しい場合には、他社での活躍の場を真剣に考えることが、結果的にその社員の人生にとって最も有益な選択になるのではないでしょうか。
会社側専門の弁護士に相談
能力不足を理由とする配置転換や退職勧奨は、対応を誤れば法的リスクにつながる可能性もあります。人事権の行使には就業規則や労働契約との整合性が問われるため、慎重な判断と法的裏付けが不可欠です。
当事務所では、能力不足に関する配置転換や退職の扱いについて、企業の立場に立った実務的かつ法的なアドバイスをご提供しています。対応を進めるうえで少しでも不安があれば、ぜひオンライン経営労働相談をご活用ください。状況を整理し、最適な選択肢をご一緒に検討いたします。