問題社員

能力不足による事故・損害が発生した場合の企業対応と損害賠償の可否

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はじめに

 業務中に社員の能力不足が原因で事故や損害が発生することは、企業にとって頭の痛い問題です。単なる不注意によるミスであっても、結果的に顧客との信頼関係が損なわれたり、高額な損害が発生したりすることがあります。特に運送業や建設業など、ミスが重大な事故に直結する業種では、このような問題は深刻です。

 こうした場合、企業としては「損害賠償を請求したい」と考えるのが自然です。しかし、労働契約の中で社員に損害賠償を請求することは、実際にはさまざまな法律的制約があるため、必ずしも思い通りの請求ができるとは限りません。本記事では、「能力不足 事故 損害」をキーワードに、企業がどのように対応すべきか、損害賠償の可否や注意点について解説します。

損害賠償請求は可能だが限定的

 社員のミスによって会社に損害が生じた場合、法的には「不法行為」あるいは「労働契約上の債務不履行」を根拠として、損害賠償請求が可能です。しかし現実には、その請求が全面的に認められるケースは非常に限られています。

 というのも、裁判所は「使用者が労働者を雇うことで利益を得ている以上、一定の損害リスクは企業側が負担すべきである」という使用者責任の原則を重視する傾向があるからです。たとえ社員が事故を起こして損害を与えたとしても、会社がその社員を選び、指導・管理していた以上、その責任を全額本人に転嫁することは難しいとされているのです。

 そのため、よほどの重大な過失、たとえば飲酒運転や重大な安全ルール違反といった重過失が認められない限り、社員本人に全額の損害を請求するのは現実的ではありません。仮に請求が認められても、損害額の一部(たとえば3割、2割)にとどまることが一般的です。

損害賠償の予定や給与天引きの制限

 こうした状況から、あらかじめ「これをミスしたら〇万円の損害賠償を支払う」といった合意を結んでおきたいと考える企業もあるかもしれません。しかし、労働契約においては損害賠償の予定を結ぶことは法律上禁止されています。

 たとえ本人が署名・捺印したとしても、こうした合意は無効となり、後に労働基準監督署から是正指導を受けたり、「ブラック企業」としての評判を招くリスクもあります。また、損害を補填させるために給料から直接天引きすることも、原則として禁止されています。

 労働基準法第24条の「全額払いの原則」により、税金や社会保険料等の法定控除以外の天引きは、たとえ当人が同意していたとしても無効とされる可能性があるのです。実際に損害額の支払いを受ける場合は、別途本人からの振り込みや現金による支払いを受け、領収書等で処理を行うのが適切な対応となります。

身元保証人への請求は限定的

 事故や損害が大きい場合、「社員本人ではなく、身元保証人に請求できないか」と考える企業もあるでしょう。しかし、身元保証契約には「極度額(上限金額)」の明示が法律上義務づけられており、それを超えて請求することはできません。

 また、身元保証人はあくまでも社員本人が負うべき責任の範囲内でのみ責任を負うものであり、本人が半額しか責任を負わないような場合、保証人もその範囲に限られて責任を問われます。さらに、保証人本人の支払能力や事情なども考慮されるため、実際には請求が認められても回収が難しいケースが多いのが現状です。

能力不足社員への対応はリスク管理が要

 このように、能力不足の社員に対して事故や損害を理由に損害賠償請求をすることは、法律上可能であっても実務的には困難を伴います。たとえ裁判で請求が認められたとしても、本人に支払い能力がないケースも少なくありません。

 したがって、企業がとるべき対応としては、事故や損害が発生する前の段階で、適切な人材配置・教育・保険加入などによってリスクを最小限に抑えることが重要です。特に、業務内容と社員の能力に大きなギャップがあると感じた時点で、配置転換や指導、場合によっては退職勧奨も検討すべきでしょう。

 社員本人にとっても、自分に向いていない業務を続けることは大きなストレスとなり、職場不適応や体調不良に発展する可能性もあります。適材適所を実現することで、事故や損害を未然に防ぎ、企業全体の健全な運営につなげていくことが可能になります。

会社側専門の弁護士に相談

 能力不足による社員の事故や損害に対して損害賠償請求を行うことは、法的には可能であっても、その実行には数多くの制限や困難が伴います。現実的な回収の可能性を踏まえると、「損害が出たら本人から回収すればよい」という発想では、企業のリスク管理は不十分です。

 企業としては、事故や損害が発生する前提で備えるのではなく、「事故を起こさせない」「適切な人材に適切な業務を割り当てる」ことを重視すべきです。その上で、教育体制や保険の整備を含めた総合的なリスクマネジメントが求められます。

 当事務所では、能力不足に起因する労務トラブルや損害発生時の対応について、企業側の視点から実務的かつ法的に支援を行っております。社員の事故や損害対応にお悩みの経営者の方は、ぜひオンラインによる経営労働相談をご活用ください。

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