不正行為

横領発覚後に年休を取得して退職を主張する社員への正しい対応とは?懲戒処分・損害賠償・刑事告訴まで企業が取るべき実務対応を解説

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横領発覚と同時に年休取得と退職を申し出た社員への対応に悩む経営者の皆様へ

 信頼していた経理担当社員の横領が発覚したにもかかわらず、その社員が年次有給休暇を消化して退職すると申し出、調査協力も完全に拒否する――。企業としては、真相を明らかにしようとする中で、こうした対応を取られると非常に困難な状況に直面します。本稿では、このような事案において企業が取るべき対応や懲戒処分の可能性、退職金や損害賠償請求の考え方まで、実務的な視点から詳しく解説していきます。

年休消化中の調査協力拒否にどう対処すべきか

 まず、最初に直面する問題は、当該社員が有給休暇の取得を主張して出社を拒み、調査協力に応じないという点です。会社としては、時季変更権の行使を検討することが一般的な反応ですが、すでに退職日までの間がすべて年休で埋められている場合、別の日に取得を変更させることができず、時季変更権の実効性は失われます。

 このような状況では、たとえ形式的に時季変更を主張したとしても、社員本人が出社を拒否し続ける以上、実質的に調査を進めることはできません。したがって、一定の説得活動を行った後、それでも調査に応じないのであれば、見切りをつけて次のステップに進む必要があります。

本人不在でも進められる独自調査の方法とは

 社員が出社せず、調査への協力を拒否した場合でも、企業としては手をこまねいているわけにはいきません。このような場合、まず考えられるのは、質問状の送付です。聞き取りたい事項を明記した文書を郵送やメールで送付し、弁解や説明を求めるという手法です。

 また、経理担当である以上、金銭の出入りなどの客観的な資料から事実を把握することも可能です。顧問税理士や社外の会計士などと連携し、独自に調査を進めることが有効です。本人の協力がなくても、客観的な証拠から横領の有無や金額の特定を行う努力が求められます。

懲戒解雇の可否と退職届提出後の対応判断

 次に検討すべきは、「懲戒解雇が可能かどうか」です。経理担当者による業務上横領という重大な非違行為が認められる場合、たとえ金額が小さくても、就業規則に基づき懲戒解雇を行うことが正当とされる可能性は高いといえます。

 しかし注意が必要なのは、正社員であれば、民法上のルールに基づき、2週間前に退職の意思を示せば、退職自体は法的に成立してしまうという点です。退職の申し出から2週間以内に懲戒解雇の手続を完了できなければ、その後に懲戒解雇することは不可能になります。

 このため、聴き取りができない状況であっても、質問状への反応や独自調査によって十分な根拠が得られれば、退職日までに懲戒解雇の決定を下す必要があります。なお、会社の規定上、懲戒委員会の開催が必要な場合には、その準備も含めて迅速な対応が求められます。

自主退職と懲戒解雇、どちらを選ぶべきか

 社員が自ら退職届を提出してきている場合、その退職を受け入れることで手続きが完了する可能性もあります。懲戒解雇を強行するのではなく、「本人が申し出た退職日をもって退職させる」対応の方が合理的と判断されることもあるでしょう。

 一方で、会社としてコンプライアンスを重視し、社内外への説明責任を果たす必要があると考えるのであれば、懲戒解雇を選択するという判断もあり得ます。企業の規模や方針、再発防止への姿勢によって、どちらが適切かは異なります。

 このような判断を行う際は、弁護士との対話を通じて、社風や経営方針を踏まえた最善の対応を整理していくことが重要です。単なる法的判断ではなく、企業経営全体の観点から自社にとって最適な決断を導くことが求められます。

退職金不支給の可否とその判断基準

 懲戒解雇と関連して検討されることが多いのが退職金の支給有無です。特に「こんな不正をした社員に退職金を払うわけにはいかない」という経営者の思いが強くなる場面です。退職金規程に「懲戒解雇事由があるときは支給しない」と明記されていれば、実際に懲戒解雇を行わなくても、形式的には不支給が可能となります。

 一方で、「懲戒解雇したときに不支給」といった規定であれば、実際に懲戒解雇の手続きをとらなければ退職金を不支給とするのは難しくなります。いずれの場合でも、規程の文言や解釈の妥当性を確認し、必要に応じて弁護士と相談の上で対応を検討してください。

損害賠償請求と回収の実務

 横領により会社が金銭的被害を受けた場合、損害賠償請求も重要な選択肢となります。基本的には横領額全額を請求することが原則です。従業員の過失による損害とは異なり、故意による横領であれば、全額請求が正当化されます。

 ただし、現実には資力の問題などで全額回収できないケースも多いため、返済計画を立てた合意書の作成や、可能であれば身元保証人に対する請求の検討など、回収可能性を高める工夫が必要です。これらも弁護士の関与のもとで進めることが望ましいです。

刑事告訴の判断と会社の姿勢

 刑事告訴を行うか否かは、企業としての方針に深く関わる問題です。損害の回収が優先されるのであれば、刑事告訴を控える判断もあり得ますが、社内のコンプライアンス強化や再発防止、抑止力を重視するのであれば、刑事告訴も検討対象となります。

 どちらの判断が妥当かは、経営者の意思と企業文化、再発防止への姿勢によって異なります。判断が難しい場合は、弁護士との対話を通じて、自社にとって最善の選択肢を導き出すことが重要です。

企業の将来を見据えた適切な判断を

 本稿で取り上げた事例のように、横領などの重大な非違行為に直面した際の対応は非常に複雑で判断の難しい場面が多くあります。単なる知識の伝達ではなく、経営者が自社の状況を冷静に整理し、最適な対応を導くためには、経験豊富な弁護士との対話が極めて有効です。

 四谷麹町法律事務所では、こうした不正行為対応に関する具体的な助言や、退職金・懲戒処分・損害賠償・刑事告訴に至るまで、企業の立場から総合的なサポートを行っています。お悩みの経営者の皆様は、ぜひ一度ご相談ください。

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