5年以上教育指導しても改善しない社員の能力不足対応と解雇判断のポイント

目次
動画解説
はじめに
社員の教育や育成は企業にとって欠かせない取り組みですが、現実には時間と労力をかけても思うように成長せず、期待される水準に達しない社員が存在します。特に今回のご相談のように、5年以上にわたり教育指導を行ってきたにもかかわらずパフォーマンスが著しく低く、現場からも苦情が出ている場合、経営者や人事担当者としては非常に頭の痛い問題となります。
「教育を尽くしたが成果が見られない社員に対して、どのように対応すべきか」「能力不足を理由とする解雇は可能なのか」という疑問は、多くの企業で共通する課題です。しかし裁判例を調べても、能力不足解雇が認められるのはごく一部であり、しかもその多くが極端なケースに限られているため、自社の事例に当てはまるものを見つけるのは容易ではありません。
このような状況で重要となるのは、「能力不足」とは一体何を指すのかを正しく理解し、労働契約との関係で判断することです。さらに、現場の期待水準と契約上の要求水準がずれている場合も多いため、そのギャップをどう整理し、どのように対処していくのかを考える必要があります。
本稿では、長期にわたり教育指導をしてもパフォーマンスが期待に達しない社員への対応方法について、裁判例や実務上のポイントを踏まえて解説していきます。併せて、同様の問題を将来的に防ぐための採用時の工夫や、経営者として考えておくべき雇用の在り方についても触れていきたいと思います。
能力不足とは何かを正しく理解する
「能力不足」という言葉はよく使われますが、その意味を正確に捉えなければ誤った判断につながる危険があります。ここでいう能力不足とは、単に現場の期待水準に達していないことを指すのではなく、労働契約上予定されている能力と現実の能力との間に大きな乖離があることを意味します。
労働契約は、労働者が賃金を受け取る代わりに会社の業務を遂行する契約です。そのため、契約上予定されている業務を一定の水準で遂行できるかどうかが判断の基準となります。たとえば、契約時点で「専門的な知識や経験を前提とした管理職」として採用したにもかかわらず、基本的な業務遂行すらできない場合には能力不足といえます。しかし、新卒や未経験者を「教育して育てていく」前提で採用している場合、すぐに高い水準の成果を求めることは契約上想定されていないと考えられます。
つまり、能力不足は絶対的なものではなく、あくまで契約で予定された業務や役割を基準に判断されるべき相対的な概念なのです。この点を整理せずに「現場が期待する水準に届かないから能力不足だ」と一方的に考えてしまうと、解雇の判断を誤り、結果的に裁判で無効とされるリスクが高まります。
そのため、まずは自社の雇用契約においてどのような能力が予定されているのか、採用の段階でどのような期待値が示されていたのかを確認することが不可欠です。ここを明確にすることで、教育指導を経ても改善が見られない社員について、本当に能力不足といえるのかどうかの判断がしやすくなります。
裁判例に見る能力不足解雇が認められるケース
能力不足を理由とする解雇は、労働法上非常にハードルが高いといわれています。実際の裁判例を見ても、解雇が有効と認められるのは、労働契約上予定されていた水準から著しくかけ離れ、改善の見込みがないと判断された場合に限られています。
典型的なのは、上級管理職や専門的なスキルを前提に採用された中途社員の事例です。例えば「豊富な経験をもとに業務を率いる能力がある」と期待されて採用されたにもかかわらず、基本的な判断や部下の指導すらできないといった場合には、解雇が有効とされたケースがあります。このように、もともと高い水準の能力が予定されていたにもかかわらず、その前提を大きく裏切るような状況でなければ、解雇が正当と判断されることは多くありません。
一方で、一般社員や新卒社員など、教育を通じて成長することを前提に雇用されている場合、単に「期待する成果を上げられなかった」というだけでは能力不足解雇が認められにくい傾向にあります。特に日本の雇用慣行では、配属や配置転換によって幅広い業務に対応することが予定されているケースが多いため、「この業務ができない」という理由だけで解雇することは難しいとされるのです。
また、裁判所は、企業側が教育指導や配置転換などの改善努力を十分に行ったかどうかも重視します。たとえば、具体的な研修や指導記録が残っているか、本人の改善の余地を試みたかといった点がチェックされます。改善の機会を与えずに「成果が出ないから解雇」という対応では、解雇が無効とされるリスクが極めて高いといえるでしょう。
つまり、裁判例が示しているのは、能力不足解雇は「極端な事例」でなければ認められにくいという現実です。逆に言えば、企業としては「契約上予定された能力の範囲は何か」「改善努力をどこまで行ったか」を整理して初めて、解雇の正当性を主張できるのです。
教育指導をしても改善が見られない場合の対応
5年以上教育指導を重ねても、社員のパフォーマンスが期待水準に達しないという状況は、現場にとって大きな負担となります。上司や先輩社員が繰り返しサポートしても成果が見られない場合、そのまま放置すれば現場の不満が高まり、組織全体の士気低下や離職につながりかねません。経営者としても、何らかの対応を検討することが不可欠です。
ただし、単に「成果が上がらないから解雇」という判断を下すのは危険です。能力不足解雇は裁判例でも認められにくく、安易な判断は解雇無効や損害賠償リスクにつながります。重要なのは、教育指導のプロセスをきちんと記録に残し、改善の努力が尽くされたことを客観的に示せるようにすることです。指導内容や実施日、本人の反応や改善度合いを記録しておくことは、後に法的リスクを回避するためにも有効です。
また、教育しても改善が見られない場合には、配置転換や業務内容の見直しを検討することも考えられます。現職で求められるスキルが身についていない場合でも、別の業務であれば能力を発揮できる可能性があるからです。日本の雇用慣行では、幅広い業務を担当することが前提となるケースが多いため、まずは異なる業務への適性を探ることが現実的な対応となります。
それでも状況が改善しない場合には、能力不足を理由とした解雇を検討せざるを得ません。しかしその際も、「労働契約上予定されていた能力は何か」「教育指導の経過はどうだったか」「配置転換の検討をしたか」といった要素を整理し、総合的に判断する必要があります。企業が合理的な対応を尽くしていたと示せれば、解雇の正当性を主張しやすくなるのです。
労働契約で予定されている能力を明確にする重要性
能力不足による解雇が難しいとされる大きな理由のひとつは、「能力不足」と言える基準があいまいであることです。現場からすれば「全く仕事ができない」「期待に遠く及ばない」と感じる社員であっても、その評価が労働契約上予定されていた水準と一致していなければ、裁判では解雇の正当性を認めてもらえない可能性が高くなります。
労働契約は、企業が社員にどのような能力や成果を求めるのかを定める基盤です。ここで予定されている能力とは、一般的な「社会人としての常識」や「人並みの努力」ではなく、その企業で雇用された際に求められる具体的な能力や水準を指します。つまり、「契約上どのレベルまで求められていたのか」が問われるのです。
しかし現実には、日本企業の多くでは「未経験者歓迎」「教育して成長してもらう」といった曖昧な形で採用が行われることが少なくありません。その結果、採用時には緩やかな基準で合格させておきながら、入社後には現場から「このレベルでは困る」と高い水準を求めることが起こります。このような「期待」と「契約上の要求水準」のギャップが、後のトラブルを招きやすいのです。
したがって企業は、採用の段階から「どのような能力を前提に雇用しているのか」を明確にしておくことが重要です。例えば、基本的なPCスキルや特定の資格、一定レベルの業務遂行能力を契約や求人票に記載しておくことで、後に「能力不足」と評価する際の基準が明確になります。こうした基盤が整っていれば、教育指導をしても改善が見られなかった場合に「契約で予定されていた能力に達していない」と合理的に説明しやすくなるのです。
能力不足の問題をめぐるトラブルを防ぐためには、現場での教育努力に加え、採用・契約の段階から基準を明確にする取り組みが欠かせません。
採用時にパフォーマンスを確認する仕組みの導入
5年以上教育指導を続けても期待レベルに届かない社員が生まれる背景には、採用段階での見極め不足があります。面接での印象や学歴だけを頼りに採用してしまうと、入社後に「基本的な業務すらこなせない」「教えても改善が見られない」といった事態が起こりやすくなります。このリスクを防ぐには、採用時に実際のパフォーマンスを確認する仕組みを取り入れることが効果的です。
例えば、事務職であればWordやExcelの操作を実際に行わせる、営業職であればロールプレイを通じてコミュニケーション力を確認する、といった具体的な方法が考えられます。こうしたテストを行えば、履歴書や口頭の説明だけでは分からない実力を把握できますし、入社後に「できると思っていたのにできない」というミスマッチを減らすことができます。
また、適性検査を組み合わせることで、その人が将来的に成長できる可能性を見極めることも可能です。適性がある人材であれば教育を通じて伸びる余地がありますが、適性が乏しい人材は長期的に見ても改善が難しいことが多いのです。採用段階でこれらを確認することによって、教育の成果が出にくい人を避けることができ、結果として企業全体の負担を軽減できます。
このように採用の入り口でチェック体制を整えておけば、能力不足社員が長期間現場にとどまり続けるリスクを大幅に減らすことができます。単に「人物重視」や「やる気重視」といった抽象的な基準ではなく、具体的なスキルやパフォーマンスを確認する仕組みを導入することが、後のトラブルを防ぐうえで極めて重要なのです。
担当職務や業務を明確にして雇用することの効果
能力不足社員の問題がこじれる背景には、日本型雇用に多い「職務が曖昧なまま採用する」という仕組みがあります。いわゆる総合職採用では、特定の業務に限定せず「将来的に幅広く活躍してほしい」という前提で社員を雇うため、実際にどの程度の能力が必要なのか、どの業務で成果を出さなければならないのかが不明確になりがちです。その結果、教育指導を続けても「契約上、どこまで求められているのか」が判断しにくく、解雇などの対応が困難になるのです。
これに対し、採用時点で担当する職務や業務を明確にしておけば、必要とされる能力水準をはっきりさせることができます。例えば「経理担当として採用する」「営業職として新規顧客開拓を担当させる」といった形で具体的に業務を定めておけば、その職務におけるパフォーマンスが評価基準になります。結果として「何ができていれば期待に達しているといえるのか」が明確になり、能力不足かどうかの判断がしやすくなるのです。
もちろん、職務や業務を特定すると配置転換の自由度は制限されます。従来型の総合職のように幅広い業務を任せることは難しくなる一方で、採用時点でのミスマッチを減らし「思ったより能力が低かった」という事態を避けられるというメリットがあります。さらに、評価基準が明確になることで、教育指導や改善指示の内容も具体的に示せるため、本人にとっても改善の方向性が理解しやすくなります。
このように担当職務や業務を明確にすることは、雇用契約上の要求水準をはっきりさせ、後のトラブルを防ぐために極めて有効です。自社の経営方針や人材戦略に照らし合わせながら、どこまで職務を特定するかを検討し、現場の管理職や人事担当者、そして経営者自身が一体となって判断していくことが求められます。
現場・人事・経営者が連携して雇用方針を決める重要性
5年以上教育指導を行ってもパフォーマンスが期待レベルに達しない社員への対応を考える際、重要なのは「現場」「人事」「経営者」がそれぞれの立場から連携し、会社全体として統一的な雇用方針を持つことです。現場は社員の実際の働きぶりを最も近くで見ているため、どの業務でどの程度のパフォーマンスが必要なのかを具体的に把握しています。一方、人事部門は採用から配置、教育研修までの制度設計を担い、経営者は会社全体の方針や事業戦略に基づいた人材の在り方を決定する立場にあります。
この三者が十分に情報を共有しないままに採用や評価を進めてしまうと、採用時には緩やかな基準で人を受け入れておきながら、現場では高い水準を求めるという矛盾が生じてしまいます。結果として「期待レベルに遠く及ばない」とされる社員が生まれやすくなり、その後の教育指導や評価でトラブルに発展するリスクが高まります。
逆に、現場の声を人事が吸い上げ、経営者が会社の将来像に照らして「どのような人材を、どの水準で雇うのか」を明確にすれば、採用時点から適切な基準を設けることができます。これにより、社員に求める能力水準と実際の評価基準の間にズレが生じにくくなり、能力不足の判断や改善指導もよりスムーズになります。
能力不足社員への対応は、単なる現場の問題でも、人事部門だけの課題でもなく、会社の組織全体が関わる経営課題です。だからこそ、経営者が主導して雇用方針を打ち出し、現場と人事が一体となって実行に移す仕組みを整えることが不可欠です。この連携がしっかりしていれば、能力不足の社員に対しても一貫性ある対応ができ、最終的に解雇などの厳しい判断を下す際にも法的に正当性を確保しやすくなります。
能力不足社員対応の難しさと弁護士活用の必要性
能力不足社員の問題は、単に「期待通りに働けない」というレベルの話ではなく、労働契約で予定されている能力水準に達しているのかどうかを厳密に判断しなければならない点に難しさがあります。現場の社員や管理職にとっては「明らかにパフォーマンスが低い」と見えても、それが法的に「能力不足」と認められるかは別問題です。裁判例を見ても、能力不足解雇が認められるケースは極端な事例に限られることが多く、通常の事案にそのまま当てはめられるものは多くありません。そのため、経営者が独断で「解雇は可能だ」と判断すると、後に解雇無効とされ、逆に大きなリスクを抱えることになりかねません。
また、教育指導を何年も続けても改善が見られない場合でも、契約上予定されていた教育水準や配置転換の可能性が検討されていなければ、解雇の正当性を認めてもらうのは難しいのが現実です。こうした判断は、契約内容や就業規則、人事評価の仕組みなど複数の要素を丁寧に検討する必要があるため、経営者や人事担当者だけで処理するには負担が大きすぎる面があります。
だからこそ、能力不足社員への対応を進めるにあたっては、早い段階から弁護士の関与を得ることが有効です。弁護士は裁判例や労働契約の実態に照らして「この状況で能力不足と評価できるか」「配置転換を検討すべきか」「解雇が適法と認められる可能性はあるか」といった観点から具体的にアドバイスを行うことができます。さらに、教育指導や評価の記録をどのように残しておくべきか、本人への説明をどのように行うべきかなど、実務的なサポートも受けられます。
四谷麹町法律事務所では、能力不足社員への対応に関して、教育指導の適切な進め方から配置転換や解雇の検討に至るまで、企業側の立場に立ったサポートを行っています。事前にしっかりとした準備を整えることで、将来的な紛争リスクを大幅に減らすことが可能になります。能力不足社員の問題でお悩みの際は、経験豊富な弁護士にぜひご相談ください。