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能力不足の社員にどう対応するか?マネジメントの基本と現実的な対処法

動画解説

能力不足でもすぐに辞めさせられない理由

 経営者の中には「仕事ができないなら、辞めてもらえばいい」と考える方も少なくありません。しかし現実には、能力不足を理由にただちに退職や解雇へと進めることは、法律上も実務上も非常にハードルが高い対応となります。

 まず前提として、社員との関係は「労働契約」であり、これは会社が給与を支払う代わりに社員が労務を提供するという契約です。つまり、たとえ期待したレベルに達していないとしても、一定の仕事をしている限りは、単に「能力が足りない」ことを理由に一方的に契約を打ち切ることは難しいのです。

 さらに日本の雇用慣行では、職務や役割が曖昧な状態で採用されるケースが多く、具体的な業務内容や成果水準が契約で明確にされていないことも少なくありません。このような状況下で「労働契約で予定されていた能力に達していない」と証明することは簡単ではなく、「どの業務でどの程度の成果が求められていたのか」「どのくらい不足していたのか」といった具体的な立証が求められることになります。

 また、人手不足の中での採用活動は困難を極めることも多く、「能力不足だからすぐに辞めさせてしまおう」といった対応をとることで、かえって事業運営に支障が出る可能性も否定できません。

 こうした理由から、能力不足の社員への対応は「辞めさせる」ことを前提にするのではなく、「どのように育成・活用していくか」という視点で、まずはマネジメントの工夫を尽くすことが経営者に求められるのです。

マネジメントの基本は「よく見ること」から始まる

 能力不足の社員に対して適切な対応を取るためには、まず「現状を正確に把握すること」が出発点となります。そのために最も基本的で重要なのが、「社員のことをよく見る」ことです。

 意外に思われるかもしれませんが、実際の現場ではこの「観察」が十分にできていないケースが非常に多く見受けられます。能力が低いと感じる社員について、漠然と「仕事ができない」と判断してしまっているだけで、その根拠となる具体的な行動や事実を整理できていないことが多いのです。

 マネジメントの基本とは、単なる指示や命令を出すことではなく、部下がどのように仕事を進め、どこでつまずいているのかを日々の業務の中で丁寧に観察し、把握することです。その上で、できている点は評価し、足りない点は具体的にフィードバックしていくという対応が求められます。

 これは教育指導や評価、さらにはトラブル防止の観点からも極めて重要です。なぜなら、社員本人の立場からすれば「自分のことをちゃんと見てもらえている」と感じることで信頼関係が生まれ、フィードバックにも耳を傾けやすくなるからです。

 一方で、十分に観察されていない状態でネガティブな評価を受けた場合、本人は「不公平だ」「偏見だ」と感じ、モチベーションの低下や不信感の増幅につながるリスクがあります。

 したがって、「よく見ること」は単なる管理のための手段ではなく、信頼関係を築きながら社員の成長を促すための第一歩なのです。マネジメントの出発点として、まずこの基本に立ち返ることが、能力不足の社員への正しい向き合い方につながります。

評価ではなく“事実”で語る重要性

 能力不足の社員に対する指導や対応において、最も注意すべき点の一つが「評価」と「事実」を混同しないことです。たとえば「あなたは仕事が遅い」「使えない」といった言葉は、すべて評価に過ぎません。評価とは主観的な印象や感情が入り込みやすく、本人にとっては納得しづらいものになりがちです。

 これに対して、「事実」とは観察と記録に基づく客観的な内容を指します。たとえば、「〇月〇日、△△の業務を依頼したところ、期日までに完了できなかった」「同日、手順書に沿っていない方法で作業し、再提出を求められた」といった具合です。事実を積み重ねることで、能力不足という評価を支える具体的な根拠を示すことができるようになります。

 社員本人に指導や注意をする際も、こうした事実に基づいて話すことで、「なぜそのような評価になるのか」が明確になり、本人の納得を得やすくなります。逆に、評価だけを突きつけると、反発や混乱を招き、状況の改善どころか信頼関係を損なう結果にもなりかねません。

 さらに、将来的にトラブルが訴訟などの法的問題に発展するリスクを考えた場合にも、事実に基づいた記録は極めて重要です。裁判所は「評価」ではなく「事実」に基づいて判断を下すため、いくら能力不足だと感じていても、その具体的な裏付けがなければ、解雇などの対応が不当とされる可能性があります。

 つまり、マネジメントや指導、最終的な人事判断を行う際には、評価ではなく事実で語れるようにしておくことが、経営者としての基本姿勢であり、組織を守るためのリスクマネジメントでもあるのです。

なぜ“よく観察する”ことがすべての出発点なのか

 社員の能力不足に悩む経営者や管理職がまず取り組むべきは、「よく観察すること」です。実際に、仕事ができないように見える社員であっても、何が問題なのかを正確に把握していないケースは非常に多く見られます。観察なくしては、どのような問題があるのか、何が原因なのか、どうすれば改善できるのかといったことが見えてきません。

 例えば、「報連相ができない」と感じている社員がいたとしても、その背景には「タイミングが悪い」「優先順位の判断ができない」「上司が忙しそうで声をかけづらい」など、さまざまな要因が潜んでいる可能性があります。これらを見落としたまま、「能力がない」「注意しても改善しない」と判断してしまえば、適切な支援も対策もできないまま、事態は悪化する一方です。

 また、観察は指導の精度を高めるだけでなく、信頼関係の構築にもつながります。部下からすれば、自分の行動や努力をちゃんと見てくれていると感じるだけでも、上司に対する信頼や安心感が生まれます。逆に、よく見てもいない上司から一方的に「できない」と言われても、納得できるはずがありません。

 よく観察するというのは、単に「間違いを見つける」ことではありません。良い点や成長の兆し、努力している様子も含めて全体を把握する姿勢が求められます。そのうえで、具体的にどう支援するか、どういう仕事が向いているか、どんな教育が必要かを見極めていくのです。

 マネジメントのすべての出発点は、観察です。観察なしに評価することは、正しい判断を下すどころか、誤った対応で組織全体に悪影響を及ぼすことにもなりかねません。だからこそ、社員一人ひとりをよく見て、理解する姿勢を持つことが、能力不足への適切な対応につながるのです。

“能力不足”と指摘するには何が必要か?評価と事実の違いを知る

 経営者や上司が「この社員は能力不足だ」と感じたとき、その直感や印象だけで判断するのは非常に危険です。なぜなら、「能力が低い」「仕事ができない」というのは評価であって、事実ではないからです。人を指導したり、配置転換を検討したり、最終的に退職を求めたりする場合には、評価を裏付ける“事実”が必要になります。

 事実とは、「誰が」「いつ」「どこで」「何を」「どうした」など、5W1Hで語れる具体的な出来事のことです。たとえば、「何度も同じミスを繰り返す」といった抽象的な評価ではなく、「8月3日、10時、〇〇作業で同じ手順を3回間違えた」「その後の指導でも改善が見られなかった」といった具体的な記録が重要です。

 このような事実を蓄積し、整理しておくことで、本人にフィードバックする際も説得力を持って伝えることができますし、万一、労務トラブルや法的な場面になった際にも、判断の根拠として大きな意味を持ちます。

 また、こうした記録は、本人にとっても自身の行動を振り返る材料となり、納得感を持って改善に向き合える可能性が高まります。「なんとなくダメ」「感覚的に向いていない」というような曖昧な評価では、人は動きません。具体的な事実をもとに伝えることで、初めて改善のきっかけが生まれるのです。

 つまり、“能力不足”を問題として扱うには、単なる印象や噂話ではなく、客観的な事実に基づいた指摘が不可欠なのです。これは、マネジメントを行う立場としての責任でもあり、組織の公正性を保つためにも必要な姿勢だと言えるでしょう。

客観的証拠の重要性と記録の取り方

 社員の能力不足に関する判断は、必ずしも評価者の主観だけで成り立つものではありません。むしろ、客観的な証拠をもとに評価し、その根拠を記録しておくことが、組織全体の信頼性や法的リスクの回避につながります。

 具体的には、業務遂行における失敗や改善の有無、指導内容、対応の経緯などを記録しておくことが大切です。たとえば、「〇月〇日、A業務において作業手順を誤り、Bに影響が出た。上司がフィードバックを実施。再発防止策を提示したが、翌週にも同様のミスが発生」といったように、時系列と内容をセットで記録します。

 この記録の形式としては、上司の作業メモ、評価シート、メールのやり取り、本人記載の日報・週報へのコメント、会議議事録などが挙げられます。特に本人の自覚や認識を記録する手段として日報は有効です。そこに上司のフィードバックを加えることで、記録としての信憑性と説得力が増します。

 また、記録の中身は、単に「良い」「悪い」といった抽象的な評価ではなく、行動や成果に基づいた具体的な内容とすることが重要です。例えば「指示を理解していない」と記載するのではなく、「指示書を読まずに作業を進め、〇〇の誤りが発生」といった具体性が必要です。

 こうした記録があることで、本人との面談や評価の際に一貫性のある説明が可能となり、仮に将来的に退職勧奨や解雇といった判断をせざるを得ない場合にも、客観的な根拠として大きな力を持つことになります。

 社員のマネジメントとは、日々の記録の積み重ねによって成り立ちます。感情や印象だけではなく、事実に基づいた管理が、組織を守り、社員の成長を促す唯一の道なのです。

“能力が低い”は評価であり、事実ではない

 「この社員は能力が低い」「仕事ができない」と感じたとき、多くの経営者がその印象を事実と捉えてしまいがちです。しかし、こうした表現はあくまで“評価”であり、“事実”ではありません。法的にもマネジメント上も重要なのは、「評価の根拠となる具体的な事実」があるかどうかです。

 たとえば、「仕事が遅い」と言う場合、それだけでは曖昧です。どの業務を、どれくらいの時間で、どのような品質で仕上げているのか。これに対して他の社員がどの程度でこなしているのか。さらに、その遅れが実際に業務にどのような影響を与えたのか。こうした事実を具体的に示さなければ、「仕事が遅い」という評価が正当とは言えません。

 また、本人に対して評価を伝える場合にも、根拠となる事実がなければ納得を得るのは困難です。「あなたは能力が足りない」とだけ言っても、相手にとっては不当なレッテルにしか聞こえないかもしれません。だからこそ、「〇月〇日のプレゼン資料において、誤記が10カ所あり、再提出となった」「この業務では2時間で終える必要があるが、毎回3時間以上かかっている」など、事実を積み重ねて説明することが不可欠です。

 これはマネジメントの基本であり、また、いざ退職勧奨や解雇に進む場合にも、正当性を主張するために必要不可欠な準備でもあります。直感や印象ではなく、事実をベースに評価する。この姿勢が、適切な社員管理と組織の健全な運営に直結するのです。

おわりに

 「能力不足の社員」にどう対応するかは、経営者にとって極めて難しい課題です。しかし、この問題を「すぐに辞めさせるべき人材がいる」という短絡的な視点だけで捉えてしまうと、企業にとっても、本人にとっても不幸な結果を招きかねません。

 重要なのは、まず「能力不足とは何か」を正確に理解し、労働契約に基づいた冷静な判断基準を持つこと。そして、事実に基づいた丁寧なマネジメントを通じて、適材適所の配置や具体的な改善指導を試みる姿勢です。そのうえで、やむを得ず退職や解雇を検討する場合も、法的リスクを踏まえて慎重に対応すべきです。

 人手不足が続く今、単に「辞めてもらえばいい」では立ち行かなくなっている企業が増えています。だからこそ、採用、育成、配置、そして判断のすべてにおいて“戦略的かつ誠実な姿勢”が、これまで以上に求められているのです。

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