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社員から“解雇してください”と言われたときの対応|解雇要求する社員への企業側対応ガイド

解雇を要求してくる社員にはどんな意図があるか

 「社員から解雇を求められた」という話を聞くと、多くの経営者は驚かれるかもしれません。しかし、労働問題に日常的に関わっている弁護士の立場からすると、このような相談は決して珍しいものではありません。「解雇してほしいと言われたから、そのとおりにしてあげたのに、後になって不当解雇だと主張された」「内容証明が届いた」「裁判所から労働審判の申立書が届いた」など、企業側が思ってもみなかった形でトラブルに発展するケースが実際に数多くあります。

 一見すると、社員本人の希望に従って解雇しただけのように思えますが、問題はその「解雇を求める発言」がどういう意図でなされたのか、という点にあります。本人が真に辞めたいと考えている場合もあれば、実はまったく退職の意思がないのに、別の目的のためにあえてそのように発言している場合もあるのです。ここを見誤ると、企業側が大きな損害を被る可能性があります。

 例えば、自分から辞めるつもりはないのに、退職勧奨に対する反発として「だったら解雇すればいいじゃないか」と発言するケースがあります。これは辞意の表明ではなく、むしろ会社の姿勢への抗議の意思表示であることが多く、これを真に受けて解雇と扱うのは極めて危険です。また、会社都合退職として処理されれば、失業給付の受給条件が有利になるため、その目的で「解雇してください」と言ってくる社員もいます。さらに、解雇予告手当の支給を狙って、即時解雇されたことにしようとする例もあります。中には、最初から解雇が無効になることを前提に、後で不当解雇と主張して賃金請求や慰謝料を得ようとする、戦略的な行動に出る社員すら存在します。

 このように、「解雇を求める」という発言の背後には、実に多様な意図が隠されているのが実情です。しかも、これらの意図があるかないかは、言葉の表面だけでは判断がつきにくく、経営者が誤解したまま対応を誤ると、解雇が無効とされ、賃金の支払義務が発生し、長期のトラブルに発展することにもなりかねません。

 したがって、解雇を求める発言を聞いたときには、その背景にある真意を慎重に見極めることが不可欠です。社員がなぜそのようなことを言っているのか、どのような目的があるのかを冷静に分析し、必要に応じて専門家の助言も得ながら、慎重に対応を決めるべきです。企業にとって最も避けるべきは、相手の策略に乗って本来必要のなかった解雇をしてしまい、不当解雇として争われるような展開です。

 次の項目からは、解雇を求めてくる社員の代表的な4つのパターンについて、それぞれの背景と対応のポイントを解説していきます。

解雇要求を受けたときの基本対応と注意点

 社員から「解雇してください」と言われたとき、経営者として注意すべきことは、決してその言葉を鵜呑みにしないことです。たとえ社員本人が「もう辞めたいので解雇でお願いします」と言っていたとしても、そのまま解雇として処理してしまうのは極めて危険です。なぜなら、労働契約を一方的に終了させる「解雇」は、法的に厳しく制限されており、たとえ社員の側に一定の非があったとしても、「客観的に合理的な理由」と「社会通念上の相当性」がなければ無効とされるからです。

 実際には、社員の発言が録音されていたり、会社側が十分な根拠を持たずに解雇したとされれば、「不当解雇」と判断される可能性があります。特に、「解雇してください」という言葉が、辞意の表明ではなく、会社の退職勧奨に対する反発の一環である場合、その発言を理由に解雇してしまうと、トラブルの火種になります。仮に解雇が無効とされた場合、社員は「まだ在籍中」とみなされ、会社にはその間の賃金支払い義務が生じます。これは、会社にとって極めて大きな損害となりかねません。

 このようなリスクを避けるためには、まず社員の発言の真意を慎重に確認することが第一です。本当に辞めたいと思っているのか、それとも感情的な反応でそう言っているだけなのかを、冷静に見極める必要があります。そして、仮に退職を希望しているのであれば、「解雇」ではなく「合意退職」という形式で、きちんと手続きを踏むことが望まれます。具体的には、退職届を提出してもらい、その写しを保管すること。また、退職に関する合意内容を文書にしておき、トラブルが生じたときに備えて記録を残すことも大切です。

 さらに注意すべきなのは、退職の話をしている最中に、社員が無断で録音している可能性がある点です。特に、挑発的な発言を引き出そうとする社員もおり、うっかり「もう来なくていい」などと発言してしまうと、それが「解雇の意思表示」だと認定される可能性があります。無断録音された会話が、裁判で証拠として使われるケースは珍しくありません。よって、退職や解雇に関するやり取りでは、常に冷静に、慎重な言葉選びを心がける必要があります。

 また、就業規則や社内の懲戒手続きに則った正当なプロセスを踏んでいるかどうかも重要です。解雇を実施する場合は、事前に注意指導を行い、その記録を残しておくなど、法的な正当性を裏付ける対応が求められます。突然の解雇は、社員にとっても不意打ちであり、不満や訴訟リスクを高める要因となります。十分な手続きと説明責任を果たすことで、トラブルの回避につながります。

 つまり、「解雇してください」という発言を受けたからといって、それをそのまま実行に移すのではなく、その背景にある意図や目的を読み取り、会社として法的な妥当性をもって対応することが求められます。特に「解雇するつもりがなかった」のに、相手の言葉に乗せられて処理してしまうことのないよう、慎重な判断が不可欠です。

類型別の対応①:辞める気がないのに「解雇してくれ」と言うケース

 このパターンは、解雇要求の中でも特に多く見られるものです。たとえば、会社側が退職を勧めた際に、社員が感情的になり、「自分は辞めるつもりはない。でも、そんなに辞めさせたいなら解雇したらどうですか」と反発的な言葉を返してくる場面があります。これはあくまで退職勧奨に対する対抗的な表現であり、決して退職や解雇に同意しているわけではありません。

 しかし現実には、このような言葉を「退職の意思表示」だと誤解し、「本人の希望に応じて解雇してあげた」と考えてしまう経営者も少なくありません。ところが法律上は、そのような発言だけで退職の合意が成立したとはみなされませんし、解雇として処理した場合でも、その有効性が厳しく問われます。

 労働契約法上、解雇が有効と認められるためには、「客観的に合理的な理由」と「社会通念上の相当性」が必要です。この2つが満たされていない限り、たとえ社員が「解雇してくれ」と言っていたとしても、その解雇は無効と判断されるおそれがあります。特に、社員側に懲戒処分が相当な重大な非違行為などがない限り、感情的なやり取りの中で行われた解雇は、後になって裁判や労働審判で不当解雇と認定されるリスクが極めて高いといえるでしょう。

 解雇が無効と判断された場合、その社員は「今も在籍中」という扱いになります。つまり、たとえ会社に出勤していなくても、その間の賃金を支払い続けなければならず、経営にとっては大きな負担となります。月給30万円の社員であれば、1年間で360万円、2年間で720万円という非常に大きな金額を負担することになるのです。

 このようなトラブルを避けるためには、まず「辞めてほしい理由」を具体的かつ丁寧に説明することが大切です。曖昧な表現ではなく、何が問題なのかを事実に基づいて伝え、退職を勧める合理的な根拠を示す必要があります。また、その際には、退職条件についても真剣に検討し、一定の上乗せ金や条件提示を行うことで、相手の納得を得やすくなります。

 重要なのは、冷静な話し合いの場を設け、相手が感情的にならないよう配慮することです。挑発的な発言があったとしても、それに乗って「もう来なくていい」と言ってしまえば、それが録音され、「解雇の意思表示」とされる可能性があります。社員が録音していることも多いため、話す言葉一つひとつに慎重になる必要があります。

 このように、「辞める気がないのに解雇してくれ」と言ってくる社員に対しては、その言葉の裏にある真意を見極め、感情に流されず、法的に整った対応をとることが、企業を守る上で何よりも重要となります。

類型別の対応②:会社都合退職を狙って「解雇してください」と言うケース

 社員が「解雇してください」と言う背景には、単に退職したいという意思以外に、経済的メリットを得ようとする意図が含まれていることがあります。特に多いのが、「会社都合退職」として処理されることを期待しているケースです。これは、雇用保険上の特定受給資格者に該当することで、自己都合退職よりも有利な条件で失業給付を受けられるという利点を狙ったものです。

 多くの社員は、「解雇されたことにすればすぐに失業給付が出る」といった話を聞きかじっており、それを実現するために会社に解雇を促してくるのです。こうしたケースでは、たとえ会社が解雇する意思を持っていなくても、「それならそうしてあげよう」と安易に応じてしまうと、後々トラブルの火種になりかねません。

 雇用保険の制度上、特定受給資格者=会社都合退職と単純に解釈するのは誤りです。離職票の様式を見れば分かる通り、「会社都合」や「自己都合」という一言で済む話ではなく、詳細な離職理由に応じた複数の項目が存在します。解雇以外にも、退職勧奨や一定の業績悪化に伴う希望退職制度の利用などでも、特定受給資格者に該当する場合があります。そのため、まずは本人の希望が妥当なものかを、事実関係に照らして冷静に確認することが重要です。

 会社として、当該退職が「会社都合」に該当すると判断できる場合には、離職票に適切な項目を選び、本人にもその旨を丁寧に説明すれば足ります。場合によっては、退職合意書などの書面に「会社都合退職扱いとする」旨を明記して双方の確認をとることで、後日のトラブルを防止する効果もあります。

 一方で、会社としては「この退職は自己都合である」と考えているにもかかわらず、社員側がしつこく会社都合にしてほしいと求めてくるケースもあります。このような場合は、特定受給資格者に該当するかどうかを再度丁寧に検討したうえで、該当しないと判断した場合には、その旨を明確に伝え、自己都合で処理せざるを得ないことを説明すべきです。ただし、本人の不満が強く交渉が難航する場合には、退職に際しての解決金(いわゆる上乗せ支給)などを検討し、納得を得るための調整を行うことも一つの方法です。

 いずれにしても、社員が「会社都合退職」に強くこだわる場合には、失業給付制度への理解と、適切な法的判断が求められます。そして、処理方法に誤りがあると、後になって「話が違う」と紛争に発展することもありますので、必ず書面を残すなど、証拠の整備と記録の保全を忘れないようにすることが大切です。

類型別の対応③:解雇予告手当を得るために「解雇してほしい」と言うケース

 社員の中には、「即時解雇されたことにすれば、解雇予告手当として平均賃金の30日分がもらえる」と考えて、「解雇してください」と言ってくる人もいます。これは労働基準法第20条で定められた制度を利用しようとする意図で、実際に解雇されたとすれば、予告手当が支給されることになるからです。

 本来、会社が社員を即時に解雇する場合には、少なくとも30日前に解雇予告を行うか、30日分以上の平均賃金を解雇予告手当として支払う必要があります。この制度の存在を知っている社員は、会社側が明確に解雇を通告すれば手当をもらえると理解しており、自分から辞めるのではなく、会社からの解雇という形に持ち込もうとするのです。

 このような社員に対しては、まず「なぜ解雇でなければならないのか」という理由をしっかり尋ねる必要があります。単に退職するだけであれば、社員自身が退職届を提出すれば済む話であり、解雇という形式をとる必要はまったくありません。にもかかわらず解雇を強く希望してくる場合には、その背後に経済的な目的がある可能性が高いと言えます。

 このようなケースにおいては、会社としても「話をまとめること」が優先されるのであれば、社員が期待している金額、つまり解雇予告手当相当額を目安として交渉するという対応も考えられます。たとえば、30日分の平均賃金程度の解決金でスムーズに退職に合意できるのであれば、それは企業にとっても悪くない選択肢となるでしょう。もちろん、個別の事案によってはより慎重な対応が必要ですが、一定の金額で問題を収束できる可能性があるという点で、実務的には有効な方法です。

 また、解雇予告手当については誤解されていることも多いため、基本的な制度の理解を社内でも共有しておくと安心です。労働基準法第20条では、必ずしも30日分の手当を一括で支払う必要はなく、事前に解雇を予告した日数に応じて支給額を調整することも可能です。たとえば、10日前に解雇を予告したのであれば、残りの20日分の平均賃金を支払えば足りることになります。

 つまり、社員が希望している「解雇予告手当」は、必ずしも会社にとって大きな負担になるわけではありません。予告期間や退職日との兼ね合いを冷静に検討しつつ、話し合いの中で妥当な着地点を見つけることが、トラブルを未然に防ぐうえでも重要です。

類型別の対応④:働かずに給料を得ることを目的に「解雇してほしい」と言うケース

 社員の中には、解雇されることによって、働かずに給料を得るという不当な利益を目的として行動する者もいます。こうしたケースでは、社員自身が強く解雇を求めているように見えても、実際には自ら退職する意思は一切なく、むしろ会社に「不当解雇」をさせることで、その後の賃金請求や慰謝料請求などを狙っているのです。特に厄介なのは、こうした社員が会社との「戦い方」を熟知しており、知識と経験を駆使して計画的に動いているという点です。

 このタイプの社員は、過去に他の会社でも同様の手法でトラブルを起こしていたり、労働問題に関する法知識に非常に詳しかったりする場合があります。また、無断での会話録音をしていることも多く、会社側の不用意な発言を証拠として記録し、「これは解雇と評価できる発言だった」として主張する材料にしてくるのです。実際、「クビ」「もう来なくていい」といった一言を言ってしまったがために、それが録音され、裁判で解雇の意思表示と認定される事案も少なくありません。

 加えて、無断録音によって得られた証拠は、たとえ本人が会社を騙すような意図で収集したものであったとしても、民事裁判では証拠として使用される可能性が高いのが現実です。民事訴訟では、証拠の収集方法が多少問題のあるものであっても、違法収集が著しく重大なものでない限り、証拠として認められる傾向があるため、企業としては「録音されているかもしれない」という前提で慎重に対応する必要があります。

 こうした社員の特徴は、辞めたいのであれば退職届を出せば済むにもかかわらず、執拗に「解雇してください」と会社に迫ってくる点です。つまり、自分の意志で辞める気はないが、会社からの解雇という形式で離職し、解雇が無効と判断された場合には「在籍扱い」として賃金を請求し続けようとしています。仮に解雇が無効とされれば、実際に働いていなくても毎月の給与が発生し、場合によっては数百万円単位の損害が会社に生じることになります。

 このような社員に対しては、まず「なぜ解雇しなければならないのか」を冷静に問いかけてみることが有効です。本来であれば、退職を希望しているならば退職届を提出すれば済むはずで、解雇という形式にこだわる理由がなければなりません。問いかけに対して明確な説明ができない、あるいは矛盾する返答をするようであれば、解雇による利益取得が目的である可能性が濃厚です。

 また、こうした社員に合意退職を成立させるのは簡単ではありませんが、逆に言えば金銭による「取引」が成立しやすい相手でもあります。なぜなら、彼らの目的は金銭であるため、一定額の解決金を提示することで話がまとまる場合があるからです。もちろん、安易に大金を支払うべきではありませんが、長期の紛争による経営リスクや精神的・時間的コストを考慮すると、戦略的に「手切れ金」として支払うという判断も、決して非合理ではないのです。

 なお、こうした社員の存在は、職場の雰囲気や他の従業員の士気にも悪影響を及ぼすことが多いため、早期に問題を整理し、適切な対応を講じることが極めて重要です。さらに、対応を誤れば、管理職や経営者自身が時間と労力を消耗することにもなりかねません。したがって、自社の人材で対応可能かどうか、管理体制として十分かどうかを見極め、必要であれば早期に外部専門家の力を借りる判断も求められます。

解雇を求める社員への対応における言動の注意点

 社員とのやり取りの中で「解雇してほしい」と言われたとき、会社側の対応には極めて高い慎重さが求められます。特に重要なのは、日常的な言葉遣いや反応の仕方です。経営者や上司がその場の勢いや感情で、「じゃあクビだ」「もう来なくていい」といった言葉を発してしまうと、それが「解雇の意思表示」と受け取られ、後に裁判で問題となるリスクがあります。

 実際、「解雇するつもりは全くなかった」という経営者の言い分があっても、音声や記録に残された言葉が証拠として提出されれば、裁判所が「解雇の意思があった」と認定することも珍しくありません。特に、近年では社員による無断録音が常態化しており、自分に有利な証拠を残す目的で、意図的に挑発するような質問や発言を仕掛けてくることもあります。これに応じてしまえば、まんまと「罠にはめられた」形になりかねません。

 注意すべきは、たとえ録音が無断で行われたものであっても、民事裁判ではその録音データが証拠として採用される可能性が高いという点です。刑事事件のように違法収集証拠排除の原則が厳格に働くわけではなく、裁判官が必要と判断すれば、録音が本人に不利な形で使用されることもあります。したがって、日常のやり取りの中でも、常に「録音されているかもしれない」という前提で発言に気をつける必要があります。

 このようなトラブルを防ぐために効果的な方法の一つが、模擬練習です。たとえば、退職勧奨の場面を想定して、弁護士や社労士などの第三者を相手に練習を重ねることで、実際の場面でも冷静に、法律的に適切な言葉を選べるようになります。話し合いの現場では、相手がどんなに挑発的な態度を取っても、「言ってはならない一言」を絶対に口にしないことが求められます。知識だけでは防げない場面に備えるためには、実践的な訓練が有効です。

 また、話し合いの内容や社員とのやり取りは、できる限り文書で記録を残しておくことも重要です。社員が「そんなこと言っていない」「言わされた」と主張してきたときに、会社側の記録がなければ立証が難しくなります。退職勧奨に関する内容についても、録音されても問題のない冷静で正確な説明を行い、誤解を招く表現は避けましょう。

 仮に「解雇してほしい」と言われたとしても、それに安易に応じるのではなく、本人の意図を丁寧に確認し、記録に残る形で意思を再確認することが必要です。文書での退職希望届や合意書を取り交わすことで、後日の紛争リスクを大きく下げることができます。また、退職条件についての提案や、相手の希望条件についてのヒアリングを通じて、合意に至るための誠意ある対応が重要となります。

合意退職の成立に向けた条件整理と交渉のポイント

 問題のある社員に対して、解雇ではなく合意退職という形で円満に退職してもらうことは、企業側にとって非常に有効な選択肢です。ただし、合意退職を成立させるには、事前の準備と交渉の戦略が不可欠です。まず重要なのは、「退職の理由」と「退職条件」の2点を整理し、本人に納得してもらえるよう丁寧に伝えることです。

 退職理由については、「会社としてどうしてこの社員に退職してもらいたいのか」を、できる限り具体的に説明することが求められます。抽象的な表現――たとえば「態度が悪い」「人間関係がうまくいかない」「業績が悪化して人員整理が必要」など――では不十分です。社員にとっては、自らの人生に大きな影響を及ぼす決断を迫られるわけですから、その判断材料として納得できる、具体的かつ客観的な事実が必要なのです。

 また、退職条件については、金銭的な条件も含めて現実的な提案が重要です。たとえば、退職金に一定の上乗せをする、転職支援を行う、有休消化を認めるなど、金銭面や待遇面での譲歩が、相手の合意を得る助けになります。特に、労働者側にとって会社都合退職かどうかが重要な関心事である場合には、その扱いについても明確に説明し、合意書などに明記しておくと、後のトラブルを防げます。

 さらに、交渉の場では「会社側が一方的に提案する」だけでなく、「社員の希望条件も丁寧に聞く」ことがポイントになります。退職に合意する意思がある社員であっても、条件に不満があれば反発される可能性がありますし、最終的に退職が成立しないこともあります。そのため、「何を望んでいるのか」「どういう条件であれば納得できるのか」をヒアリングし、すり合わせを行う姿勢が重要です。

 なお、退職条件の提示については、いったん拒否されたとしても、内容を見直して再提示することも可能です。社員側が「従来の条件では応じられない」という態度を取っていたとしても、新たな条件であれば交渉が再開されることも少なくありません。この点を踏まえ、諦めず柔軟に対応していくことが望まれます。

 一方で、交渉の中で社員が「辞める気がまったくない」とはっきり表明した場合には、その時点で退職勧奨をいったん中止するのが適切です。無理に引き下がらせようとすると、パワハラや不当な圧力として後から問題視される可能性があります。合意退職はあくまで双方の自発的な意思によって成立するものですので、強制的に進めることは避けるべきです。

 このように、退職の意思がない社員を無理に辞めさせることは法的リスクが高く、企業にとっても大きな損失につながりかねません。そのため、合意退職を成立させるためには、相手の意図や希望を見極め、柔軟かつ冷静に対応していくことが何よりも大切なのです。

解雇と言われかねない言動への注意と対策

 退職勧奨や社員との話し合いの中で、経営者や管理職がうっかり発した一言が「解雇」と受け取られ、大きなトラブルに発展するケースは決して珍しくありません。特に「もう来なくていい」「クビだ」「辞めてもらうしかない」といった表現は、たとえその場の感情的な発言であっても、録音されていれば後になって「解雇の意思表示」として主張される可能性が高まります。

 こうした言動は、意図していなくても法律的には「解雇」と解釈される恐れがあります。労働者との関係性や文脈、話し合いの流れによっては、「その発言をもって会社は解雇の意思を示した」と裁判所が判断することがあるからです。つまり、発言者自身に解雇の意思がなかったとしても、日本語の使い方次第で法的には「解雇が成立している」とされるリスクがあるのです。

 このような事態を避けるためには、まず「知識」と「実践」の両面での備えが不可欠です。知識面では、退職勧奨と解雇の違い、退職合意の要件、解雇に該当する発言例などを理解しておくことが重要です。しかし、いくら頭で分かっていても、実際の場面で冷静に対応することは簡単ではありません。特に、挑発的な社員に感情を逆なでされるようなことがあれば、つい口が滑ってしまうということもあるでしょう。

 だからこそ、「実践」の機会として模擬訓練が有効です。例えば、弁護士や専門家とロールプレイング形式で話し合いの練習を行い、実際に社員に詰め寄られたときにどのように答えればよいか、適切な表現や対応を体で覚えておくのです。これはスポーツや楽器演奏、英会話と同じで、「知っていること」と「できること」は別物だという認識を持ち、実践力を養う必要があります。

 また、実際の話し合いでは、社員の発言に対して即座に反応せず、必ず一呼吸おいて冷静に言葉を選ぶことが大切です。たとえ「クビにしてください」と言われたとしても、「まずは話を整理しましょう」「なぜそう思われたのか聞かせてください」といった中立的な言葉を使い、安易に肯定や否定をしないように心がけるべきです。

 さらに、会話の記録を残すという点でも注意が必要です。社員との面談では、できるだけ社内の別の第三者に同席してもらう、あるいは書面での確認を重視するなど、言った言わないの水掛け論にならないよう、証拠を整えておくことも有効です。社員の無断録音に対抗するという意味でも、企業側が証拠を確保する姿勢は重要です。

 このように、言葉一つで「解雇」と認定されるリスクがある以上、普段からの発言には細心の注意を払い、実践的な訓練と事前の準備を欠かさないことが、法的リスクを最小限に抑えるうえで非常に重要となります。

企業側が準備しておくべき体制とリスク対策

 社員との間にトラブルが発生したとき、企業がその場しのぎの対応に終始してしまうと、思わぬ法的リスクや損害につながる可能性があります。特に「解雇を要求する社員」への対応は、適切な準備と体制が整っていない場合、企業にとって非常に大きな負担となります。だからこそ、日頃から会社としての「仕組みづくり」と「対応力の強化」が重要です。

 まず大前提として、就業規則や雇用契約書をはじめとした労務関連の書面は、常に最新の法令や実務に即した内容に整備しておく必要があります。曖昧な規定や未整備の項目があると、退職勧奨や懲戒処分を行う際に根拠を示せず、結果として会社側が不利な立場に追い込まれることがあります。とくに解雇を伴う可能性のある人事措置では、「手続きの適正性」が裁判でも厳しく問われるため、規程の整備は怠ってはなりません。

 次に、人事・労務対応に関する管理職の教育や研修も欠かせません。管理職が「どのような発言が解雇と受け取られるのか」「退職勧奨とパワハラの境界線はどこか」といった基本的な知識を持っていないと、対応の一つ一つが企業リスクになります。社員とのトラブルを防ぐためには、トップだけでなく現場のマネジメント層も含めた組織的な体制強化が求められるのです。

 また、問題社員の対応を一人の上司や社長だけに任せるのではなく、社内で適切に情報共有し、対応チームとして複数人で関わる体制を整えることも有効です。複数の視点で対応方針を検討することで、感情的な判断や思い込みによる誤った対応を防ぎやすくなります。特に対応が難航する相手であればあるほど、個人ではなく「会社としての一貫した対応」が求められます。

 さらに、社内の対応では限界があると判断した場合は、早めに弁護士などの専門家に相談することが肝要です。問題が大きくなる前に相談することで、リスクを最小限に抑えた円滑な対応が可能になりますし、訴訟や労働審判などの法的手続きに発展した際にも、有利に進めるための準備を整えることができます。

 そして、社員との話し合いの際には、記録を残す体制を徹底しておくべきです。面談時の議事録作成、書面での確認、可能であれば社員の同意を得た録音など、「記録に残す」ことを意識した対応が、将来的な証拠力につながります。相手が無断録音していることが多い以上、企業側も正確な記録を残すことで、不利な証拠の一方的提出を防ぐことができます。

 問題社員の対応には、時間・労力・精神的負担が伴います。しかし、その対応を誤ると、企業全体にとって非常に大きなコストとなることもあるのです。だからこそ、普段からの備えと、いざというときの正確な判断力、外部の力を借りる柔軟性が、企業の「守り」を強化する鍵となります。

弁護士への相談のタイミング

 社員対応に関するトラブルが発生した際、企業が自力で対応しきれないケースも少なくありません。特に、「解雇を要求する社員」のように法的リスクが高く、対応を誤ると企業に甚大な損害が生じるようなケースでは、早い段階で労働問題に強い弁護士へ相談することが極めて重要です。

 弁護士による支援は、単なる「アドバイス」にとどまりません。問題社員への注意指導の進め方、退職勧奨の場での言動の注意点、合意退職の進め方、懲戒処分や最終的な解雇に向けた対応など、すべての段階において具体的なサポートが可能です。さらに、証拠の整え方や記録の残し方についても、実務に即したアドバイスが得られるため、後の紛争で有利に働く準備を整えることができます。

 問題が深刻化した場合には、弁護士が企業側の代理人として、社員本人やその代理人弁護士、あるいは労働組合との交渉を行うことも可能です。また、訴訟や労働審判などの法的手続きに発展した場合でも、事前に弁護士と連携して対応していれば、準備不足や言い分の不整合といった事態を避けやすくなります。

 特に注意したいのは、「まだ裁判にはなっていないから」「今は大した問題ではないから」と初動を軽視してしまうケースです。問題が表面化する前の段階でこそ、冷静な判断と専門的な支援が必要です。問題が深刻化してからでは、対応の選択肢が限られ、企業にとって不利な状況になることも少なくありません。

 また、弁護士と連携して模擬訓練を実施したり、事前に対応マニュアルを整備したりすることで、日常的なトラブル対応の質を高めることも可能です。人事担当者や管理職が法律的に誤った言動を取らないよう、継続的にサポートを受ける体制を整えておくことが望まれます。

 このように、社員トラブルへの対応は、単なる社内対応だけで乗り切れる問題ではなく、法的知識と経験を備えた外部専門家の支援を受けることで、はじめて企業としてのリスクマネジメントが成立します。問題社員の存在が明らかになった段階で、迷わず弁護士に相談し、適切な対策を講じることで、企業のダメージを最小限に抑えることが可能となるのです。

 問題社員の対応にお悩みの場合は、ぜひ企業側専門の経験豊富な四谷麹町法律事務所にご相談ください。合意退職の進め方から、交渉、法的対応に至るまで、状況に応じた最適なサポートを提供しています。裁判や労働審判に発展する前の段階で、正確かつ冷静な対応を行うことが、問題解決のカギとなります。

 

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