能力が極端に低い社員の対応で最初に考えなければならないこと

目次
動画解説
はじめに
企業経営において、いわゆる「問題社員(一般にモンスター社員とも言われている。)」の存在は避けて通れない課題の一つです。特に「極端に能力が低い社員」への対応は、現場の混乱を招くだけでなく、対応を誤れば法的なリスクにもつながるため、極めて慎重な姿勢が求められます。本稿では、こうした社員への初期対応において、企業側がどのような観点から行動すべきかを、会社側弁護士の立場から詳しく解説します。
能力不足は“絶対評価”ではない
「能力が低いから解雇してよい」という単純な判断は、法的に非常に危険です。ここでいう“能力不足”とは、個人のIQの低さや性格的な問題を指すものではありません。法的には、企業が労働契約上で社員に期待している業務遂行能力と、実際の業務パフォーマンスの間に、著しい乖離が存在することを意味します。すなわち、「予定されていた能力」と「現実に示されている能力」とのギャップこそが問題とされるのです。この差異を正しく認識することが、初期対応の出発点となります。
新卒・若年層の社員に対する考慮
新卒社員や20代前半の若年層を中途採用した場合、企業は一般的に即戦力としての成果を求めるのではなく、教育と育成を前提として雇用しています。したがって、入社間もない段階で期待した成果が出ていないという理由だけで「能力不足」と断定することは、法的にも現実的にも困難です。特に採用段階で「未経験者歓迎」「ポテンシャル重視」などの表現がなされていた場合には、企業が教育義務を負っていると解釈されることもあります。このような場合、教育や研修を行わずに「能力不足」と評価するのは、合理的な判断とはいえません。むしろ、採用時に期待していた能力や基準に照らして、どの点で期待に応えていないのかを、教育の実施とセットで客観的に整理することが求められます。
職務内容と就業規則との関係
中小企業では、社員が自分の担当業務以外にも幅広い業務をこなす場面が少なくありません。このような環境において、特定の業務ができないからといって直ちに能力不足とするのは難しいといえます。さらに、就業規則に「会社は必要に応じて配置転換を行うことがある」といった条項が含まれている場合、個別業務の遂行可否だけをもって能力不足とするには、無理があります。業務範囲が曖昧になりがちな職場においては、どの業務が雇用契約上必須とされていたのかを明確にしておく必要があります。「この業務ができなければ能力不足」と主張するのであれば、その業務が契約書や業務命令として明示されていなければなりません。業務指示書や労働条件通知書などの書面は、重要な証拠となります。
高待遇で雇った中堅・管理職の場合
年収1000万円の部長職など、高待遇で中途採用された場合には、「高い能力が予定されていた」と評価されやすくなります。仮にその社員がマネジメントや業務遂行において著しく低いパフォーマンスしか発揮できない場合、労働契約上の能力要件を満たしていないと判断される可能性が高まります。このように、待遇やポジションと期待能力の整合性を見極めることが、能力不足を法的に主張する際の重要な判断基準となります。また、採用時に期待していた成果や業務内容を、できるだけ具体的に書面に残しておくことで、後の紛争防止にもつながります。
使用期間中の評価と能力不足
社員の能力不足が疑われる場合には、使用期間中の対応が鍵を握ります。使用期間は本採用の可否を判断するための期間とされているため、企業側としても比較的柔軟な対応が可能となります。しかし、使用期間終了時に不採用や解雇を行う場合であっても、客観的な合理性と適切な手続きが必要です。教育・指導の履歴や、評価に関する記録が存在しないと、使用期間中であっても解雇が無効とされるリスクがあります。
教育・指導記録の重要性
「教育しても改善しなかった」「異動しても成果が出なかった」といった対応の履歴を記録することは、最終的に懲戒処分や解雇に至る際の重要な証拠となります。特に、能力の低い社員の存在によって周囲の社員に過度な負担がかかっているような場合には、放置することで優秀な人材の離職を招くおそれがあります。能力不足を理由とした処分を正当化するためには、業務への悪影響についても含めて、記録を積み重ね、客観的に状況を整理しておくことが不可欠です。
能力不足を見極める視点
極端に能力が低い社員に対して対応を検討する際、最初に考えるべきことは、「その社員にどのような能力が期待されていたのか」「期待と実際の能力の差がどれほどか」という視点です。雇用契約で予定されていた能力は何か、採用時の説明と一致しているか、教育や指導が十分に行われているか、他の職務で活かせる能力がないか、そして周囲の業務にどの程度の影響を与えているか。これらを総合的に検討したうえで、やむを得ず懲戒処分や解雇に至る場合でも、法的に適正なプロセスを踏んで対応する必要があります。
最終的な判断には慎重さが求められる
能力不足を理由とした懲戒や解雇は、企業側にとってもリスクの高い対応です。労働契約上の期待を超えた能力を一方的に要求していた場合や、採用時の説明が不明確であった場合には、企業側に非があると判断されるおそれがあります。したがって、能力不足への対応には、「雇用の段階」「育成の内容」「職務との整合性」「周囲への影響」という4つの観点から、できる限り客観的な根拠をもって対応していく必要があります。
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