能力不足の社員に適正な賃金と評価を行うための実務ポイント

目次
動画解説
はじめに
能力不足の社員に適正な賃金と評価を行うための実務ポイントとは?—問題社員(モンスター社員)対応で企業が注意すべきこと
中小企業の経営者や人事担当者の皆様の中には、採用後に「思ったよりも能力が低かった」という社員に頭を悩ませている方も多いのではないでしょうか。今回は、極端に能力が低い社員についての人事評価や賃金設定に関する法的・実務的な注意点について解説します。問題社員(一般にモンスター社員とも言われている。)への対応を検討する際の基礎知識として、参考にしていただければ幸いです。
人事評価は「ありのまま」に記録する
まず重要なのは、人事評価が現実と一致しているかどうかです。たとえ問題がある社員であっても、実際には人事評価上では他の社員と同程度、あるいはそれ以上の評価がついているケースが多く見受けられます。
これは、評価を担当する管理職が「文句を言われたくない」「気分よく仕事をしてもらいたい」という心理から、実力よりも高めに評価してしまう傾向があるためです。しかし、こうした評価が続いたあとに急に評価を下げたり、退職を促したりすると、社員側から「恣意的な評価の操作だ」と受け取られかねません。
信頼性のある人事評価を構築するには、普段から実態に即した評価を淡々と積み重ねていく必要があります。特定の社員だけを不自然に高く評価することは避けましょう。評価制度が社員から信頼されていないと、会社全体への信頼も低下しかねません。人事評価は、単なる評価表ではなく、社員とのコミュニケーションのツールでもあるのです。
また、評価の記録は書面で残すようにしましょう。口頭での評価に頼っていると、後になって「言った・言わない」の争いになり、企業側にとって不利に働くリスクがあります。評価表には具体的な行動や成果を記載し、社員にも内容を説明して納得を得るよう努めることが肝要です。
賃金設定も「実力相応」でなければならない
賃金の問題も非常に重要です。能力に見合わない高額な賃金を支払ってしまっていると、いざ退職してもらいたいと考えたときに、その金額が大きな障壁となります。転職先で同水準の給与が得られない可能性が高いため、本人が退職に応じにくくなるのです。
特に、採用段階で「良い人材を確保したい」との思いから高めの給与を提示し、結果的に能力不足だった場合は、給与の見直しが難しくなります。賃金の減額は法的にもハードルが高く、就業規則や労働契約の内容、社員の同意などが必要となるため、慎重な対応が求められます。
さらに、社員の能力を冷静に見極めないまま昇給や賞与を重ねてしまうと、後に「自分は会社から評価されている」と誤解した社員が、異動や退職の打診に強く反発することがあります。これは、賃金と評価の不整合によって起きるトラブルの典型例です。
評価と賃金が連動していないとトラブルに発展しやすい
評価が高いにもかかわらず昇給や賞与が低ければ、社員は当然不満を持ちます。しかし、逆に実力に見合わない高評価や高額の賞与を与えていると、それを根拠に社員が「自分は評価されている」と誤認し、退職や異動の話が出た際に反発することもあります。
また、会社としても「こんなに高く評価し、たくさんの給与を払ってきたのだから、能力が足りないなら自ら辞めてほしい」と思うかもしれませんが、現実は逆です。実力以上に優遇されていた社員ほど、会社を離れることに強く抵抗する傾向があります。
問題社員への対応として、退職勧奨や降格・減給などを考える場合でも、過去の人事評価や賃金の記録が社員側に有利に働いてしまう可能性があるため、非常に慎重な対応が求められます。
人事評価と賃金設定の「甘さ」がトラブルの元
社員の実力よりも評価を高くつけたり、能力に見合わない賃金を支払うのは、その場の感情としては「良かれと思って」のことかもしれません。しかし、結果として「辞めてもらいたいときに辞めてもらえない」「給与を下げたくても下げられない」といった深刻な事態を招くことになります。
賃金の見直しを検討する場合には、労働契約法や就業規則との整合性を確認し、本人との面談を慎重に重ねる必要があります。表面的に同意書を得ても、後の裁判で「実質的に同意していなかった」と判断されることもあるため、専門家による助言が不可欠です。
特に注意すべきは、同意書への署名・押印があっても、その同意が法的に有効とは限らないという点です。過去の判例でも、実質的な合意がなかったとして、企業側の主張が退けられたケースがあります。賃金の減額を行う際は、法的なサポートを受けつつ、慎重な手続きが不可欠です。
実態に即した「妥当な評価・賃金設定」を心がける
社員への評価・賃金は、企業の組織運営の根幹にかかわる重要な要素です。適正な制度設計を行い、感情や便宜に流されず、公平かつ妥当な基準で運用することが求められます。
人事評価は、社員からの信頼や納得を得るための手段でもあります。「この会社は自分のことをちゃんと見ていてくれる」と社員に感じてもらえるよう、誠実で一貫性のある評価を行いましょう。また、評価が低くても感情的にならず、冷静かつ具体的なフィードバックを行う姿勢も大切です。
評価と連動した給与体系を整備し、毎年の評価結果に応じて昇給や賞与額を見直す仕組みを取り入れることで、納得感のある人事制度が実現できます。社員も「努力すれば報われる」という意識を持ちやすくなり、モチベーションの向上にもつながります。
また、問題社員(一般にモンスター社員とも言われている。)への対応にも、こうした一貫した評価と賃金体系が大いに役立ちます。不当な扱いをしたという誤解を避け、法的トラブルを未然に防ぐためにも、評価と賃金の整合性を常に意識しておくことが重要です。
問題社員対応でお悩みの経営者の方へ
四谷麹町法律事務所では、問題社員への対応に関して、個別の注意指導の仕方や、懲戒処分の進め方、社員への対応方法について具体的なサポートを行っています。さらに、状況によっては企業側代理人として、問題社員や、相手の代理人弁護士との交渉も行っています。
訴訟や労働審判になる前の段階から適切な対応を行うことで、企業側の負担を軽減し、トラブルの早期解決が可能となります。問題社員の対応でお悩みの際は、会社側専門の経験豊富な四谷麹町法律事務所にぜひご相談ください。