能力不足の社員への対応と解雇の進め方|企業が知っておくべき実務と法的ポイント

目次
動画解説
能力が低いと評価される社員とは何か?定義と具体的な見極め方
企業の現場では、「どうしても仕事ができない」「何度指導しても成果が出ない」といった社員への対応に苦慮するケースが少なくありません。こうした社員を指して「能力が低い」と評されることがありますが、法的な対応やマネジメントを行う際には、感情論ではなく、明確な定義と合理的な判断基準が求められます。
まず、「能力が低い」とは、企業が想定している業務遂行能力と比べて、著しくそれを下回る状態を意味します。たとえば、同じ部署の他の社員であれば短時間で完了する業務に倍以上の時間がかかる、簡単な作業に対しても繰り返しミスをする、指示を理解できず何度説明しても同じ質問を繰り返す、業務日報すらまともに書けないといったケースが該当するでしょう。
ただし、単に「期待より劣っている」「社風に合わない」といった主観的・抽象的な印象だけでは足りません。能力の低さを判断する際には、同様の業務に従事している社員と比較して、合理的に説明できるパフォーマンスの差があるか、指導や育成にどの程度の時間とリソースを割いたのか、改善の機会をどれほど与えたかといった観点が重要となります。
このような判断を行うためには、業務の基準や評価項目が社内で明確になっていることが前提です。評価制度や指導記録が整っていない企業では、客観性のある判断が難しくなり、対応において法的リスクを抱える可能性も高まります。よって、まずは「能力が低い」とされる社員をどう位置づけるか、その前提となる人事評価制度の整備も必要不可欠です。
労働契約に基づく「仕事ができる」状態とは何か
企業と社員の間には「労働契約」が存在し、これは「企業が賃金を支払い、社員が労務を提供する」という対等な義務関係を前提とした契約です。したがって、社員が「働ける状態」であり、企業が期待する労務を提供することが契約の中心にあります。では、ここでいう「仕事ができる」とは、具体的にどのような状態を指すのでしょうか。
法的には、「仕事ができる」というのは、企業が指示する業務内容について、一定の水準で遂行できる能力があり、それを継続的に提供できる状態を意味します。たとえば、営業職であれば見込み客の獲得や提案活動、契約締結のプロセスが基本的にこなせる、事務職であれば社内文書やデータ処理が一定の正確さとスピードで行えるといった、職種ごとの基本的な業務能力が前提となります。
もちろん、すべての社員が常に完璧である必要はありません。しかし、何度も指導されても業務が遂行できず、業務指示への理解が困難なレベルであったり、そもそも業務に必要な知識やスキルを全く習得できないといった場合、それは「契約に基づく労務の提供」がなされていないと見なされる可能性があります。
重要なのは、この「労務提供の可否」が、会社の主観だけで決まるものではないという点です。客観的な基準と記録、業務指示内容や成果の確認、同種業務に従事する他の社員との比較など、多面的な情報を基に総合的に判断されなければなりません。
このように、「仕事ができるかどうか」の判断には、職務基準の明確化と、社員の業務遂行状況に関するデータの蓄積が不可欠です。単に「働きぶりが悪い」「やる気がない」といった感覚に頼るのではなく、契約上の義務が履行されているかどうかを冷静に見極めることが、後の法的判断でも求められることになります。
管理職が取るべき「マネジメント中心」の活用策
たとえ能力が著しく不足していると感じられる社員であっても、企業はまず可能な限りの活用努力を行う責任があります。これは単に「情けをかける」という意味ではなく、企業が雇用者として、またマネジメント責任を担う存在として果たすべき基本的な役割です。ここで重要なのは、管理職によるマネジメントの実践です。
まずは、対象社員の強みと弱みを整理し、どのような業務であれば一定のパフォーマンスを期待できるかを見極める必要があります。たとえば、複雑な判断を必要としない単純作業やルーティン業務への配属、他者の補助的役割、手順通りに進められるようマニュアルを整備した業務など、可能な範囲での活用を模索します。
さらに、指導体制を強化し、特定の上司や先輩社員を指導担当と定めることで、指導の一貫性と継続性を確保することも有効です。この際には、指導内容を文書化し、何をどのように教えたか、本人がどう反応し、どの程度改善されたかを記録として残していくことが重要です。こうした記録が後に非常に大きな意味を持つことになります。
また、必要に応じて業務量や業務時間を調整するなど、働く環境面でのサポートも検討するべきです。能力不足とされる社員の中には、環境が整えばある程度のパフォーマンスを発揮できるケースもあります。こうした工夫と実践の積み重ねこそが、企業としてのマネジメント責任の根幹をなすものです。
もちろん、それでも改善が見られない場合には、次のステップとしての対応も視野に入れなければなりませんが、その前にまず「尽くすべき努力は尽くした」と言える状況をつくることが、企業防衛の観点からも極めて重要なのです。
客観的データで評価するために欠かせない記録と観察方法
能力が著しく不足している社員への対応で、企業がまず行うべきは「客観的事実の記録と把握」です。社員の能力不足を理由とした退職勧奨や解雇は、主観的な印象や不満だけでは到底認められません。第三者が見ても納得できるような事実の積み重ねが不可欠であり、そのためには日常的な観察と記録の徹底が求められます。
まず重視すべきは、「どの業務で、どのような問題があったのか」を明確に記録することです。たとえば、ミスの頻度やその影響度、何度も同じ間違いを繰り返しているかどうか、指示に対して適切に対応できているかといった具体的な事例を書き留めておく必要があります。加えて、その都度指導を行った内容、方法、指導後の社員の反応や改善状況についても、逐一記録しておくことが重要です。
また、上司や同僚からのフィードバックも資料として有用です。直属の上司だけでなく、関係部門の社員や一緒に働くメンバーの意見も含め、定量的な評価だけでなく定性的な情報を蓄積することが望まれます。これにより、「一部の上司の主観に過ぎない」という反論を防ぐことができます。
さらに、社内での評価制度が存在する場合は、その評価結果と過去の評価履歴も大きな判断材料になります。面談記録、業務報告、定期評価などが整備されていれば、それらを時系列で整理することで、本人の業務遂行能力が一貫して期待を下回っていたことを裏付けることができます。
加えて、こうした能力不足の背景に、健康上の問題(特に精神疾患等)が関係していないかの検討も不可欠です。もしその可能性がある場合は、産業医との面談や、本人の同意を得たうえで主治医と連携を図るなど、医療的観点からの評価も取り入れることが適切な対応となります。
それでも改善しない場合の現実的な対応:退職勧奨・解雇のステップ
企業が能力不足の社員に対して最大限のマネジメントと支援を行い、なおかつ記録を積み重ねても改善が見られない場合、次の段階として「退職勧奨」や「普通解雇」の選択肢が現実のものとなります。しかし、この段階の対応は非常に慎重を要し、特に解雇については法的なハードルが高いため、周到な準備が欠かせません。
まず第一に検討すべきは「退職勧奨」です。これは、社員と会社との間で十分な話し合いを行い、本人が納得した上で合意退職をするという方法です。この手法はあくまで“合意”が前提であり、強制や圧力をかけるような形はパワハラと見なされるリスクがあるため、言葉選びや伝え方には最大限の注意が必要です。
退職勧奨を行う際は、これまで行ってきた指導・支援・配置転換などの履歴を整理し、会社として努力を尽くした事実を丁寧に伝えます。そのうえで、「今後も状況が改善されない可能性が高く、本人にとっても働き続けることが負担になるのではないか」といった形で、本人の理解と納得を得る方向で話を進めるのが現実的です。
もし退職勧奨に応じてもらえず、業務継続が著しく困難な状態が続く場合、最終手段として「普通解雇」が検討されます。ただし、解雇が有効とされるためには、①合理的な理由があること、②解雇回避努力を行ってきたこと、③手続きが適正であること、という三要件を満たす必要があります。裁判に発展する場合にはこれらが極めて厳格に審査されるため、証拠書類や対応経緯を正確に記録しておくことが重要です。
また、就業規則において「著しい勤務成績不良は懲戒又は普通解雇の対象になる」といった規定が存在するかどうかも確認が必要です。これが明記されていない場合には、労働契約におけるルールの明示性に欠けるとして、解雇の有効性が否定されるリスクもあります。
こうした判断と手続きは、極めて繊細かつ専門的な領域に関わるため、対応を進める前に労務問題に精通した弁護士への相談を行うことを強くおすすめします。感情的な判断に走らず、企業としての信頼性と正当性を守るためにも、冷静かつ計画的な対応が求められます。
専門家のサポート
四谷麹町法律事務所では、能力不足の社員への対応に関するご相談を多数承っています。業務改善指導の進め方や、退職勧奨・解雇に向けた証拠の整備、就業規則の見直しなど、企業側の立場に立った実践的なアドバイスを提供しています。法的リスクを回避しながら、適切な労務管理を行いたいとお考えの経営者・人事担当者の方は、ぜひ一度ご相談ください。