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配転命令に応じない社員への適切な対応法|人手不足時代の法的リスクと実務判断

動画解説

配転命令に応じない社員への対応とは?現代企業に求められる柔軟なアプローチ

 現代の企業経営において、社員の配転や担当業務の変更は、人的資源を有効に活用するための重要な手段です。特に長期雇用を前提とする日本の雇用慣行においては、必要に応じて適切な業務に社員を配置し直すことで、企業全体の生産性を高めることが求められます。しかしながら、最近では配転命令や転勤に応じたくないという社員が増加しています。

 この背景には、家庭の事情や個人のライフスタイルの変化、また働き方に対する価値観の多様化が挙げられます。引っ越しを伴う転勤に抵抗を示す社員や、自分の希望する業務以外は行いたくないと主張する社員も珍しくありません。企業にとっては、単純に命令に従わせるという対応だけでは問題が解決しない現実があります。人手不足の中、社員に辞められてしまうこと自体が最大のリスクとなっているためです。

 したがって、配転に関する問題は、法的な有効性だけでなく、社員に納得して働いてもらうための「経営的対応」が求められる時代に入っています。単に「裁判に勝てるかどうか」という視点にとどまらず、「いかにして社員のモチベーションを維持しつつ会社にとって最適な配置を実現するか」が重要な経営課題となっているのです。

配転命令の法的な有効要件とは何か

 配転命令を法的に有効とするためには、大きく分けて2つの要件があります。第一に「配転命令を行う権限があること」、第二に「その権利の行使が濫用に当たらないこと」です。

 配転命令権限については、正社員であれば通常、勤務地や職種が限定されていない契約となっていることが多いため、企業側に配転命令権限があるとされるのが一般的です。ただし、個別の契約内容や雇用時の説明で「特定の勤務地・職種に限定する」といった合意が存在する場合には、その範囲を超えた配転命令は無効となる可能性があります。特にパートやアルバイトなどの非正規雇用では、業務内容や勤務場所が限定されているケースが多く、配転権限の有無を確認することが重要です。

 また、2024年4月からは、雇用契約時に「就業場所および業務の変更の範囲」を明示することが法的に義務化されました。これにより、契約書類の内容によっては配転命令の正当性が問われる場面が増えることも予想されます。

権限があっても配転が無効とされるケース

 配転命令権限が契約上存在していても、その行使が「権利の濫用」に当たると判断されれば、命令は無効とされることがあります。これは労働法における重要な考え方であり、解雇や懲戒処分にも共通して適用される法理です。

 濫用と認定されるかどうかの判断には、主に以下の3つの要素が考慮されます。第一に業務上の必要性があるかどうか、第二に配転に不当な動機や目的がないか、第三に社員に著しく大きな不利益を与えるものでないかという点です。これらの基準は、昭和時代の東亜ペイント事件最高裁判決をベースにしていますが、現代の社会事情を踏まえて柔軟に判断される傾向にあります。

 例えば、「退職勧奨を断られた直後に配転を命じた」というような事案では、不当な目的が疑われ、配転命令が無効とされることがあります。また、家族の介護や育児などの事情がある社員に対し、著しい不利益となる転勤を命じた場合も問題となり得ます。特に2024年の法改正以降は、こうした事情に対する企業側の配慮義務が法的に強化されているため、注意が必要です。

社会の変化が配転命令の有効性に与える影響

 近年の労働環境の変化は、配転命令の有効性にも大きな影響を与えています。例えば、共働き家庭の増加により、夫婦ともに正社員として働いているケースでは、一方に転勤が命じられると家庭全体の生活に大きな支障が出ることがあります。特に育児や介護を分担している家庭では、どちらか一方が単身赴任をするのは現実的でないことも多くなっています。

 また、社員のライフスタイルや価値観も多様化しており、転勤によって地域コミュニティや交友関係を失うことを避けたいと考える人も少なくありません。こうした社会的背景を踏まえると、従来と同じ配転命令でも、裁判所が無効と判断するケースが増える可能性があるのです。

 さらに、育児介護休業法第26条により、事業主には転勤などの配置転換を行う際に「育児や介護に支障が出ないよう配慮する法的義務」が課されています。これは単なる努力義務ではなく、実際に遵守しなければならない義務です。社員からの相談に対して不利益な取扱いを行うことも禁じられており、法的なリスクを軽減するためには、これらの配慮を徹底することが求められます。

配転命令における「辞められてしまうリスク」とは

 法的に配転命令が有効であったとしても、それにより社員が会社を辞めてしまえば本末転倒です。近年では、転勤や職種変更に強い抵抗を示す社員が、命令を受けることで自発的に退職を選択するケースが増加しています。これは、もはや無視できない企業にとってのリスクです。

 背景には、共働きや介護など家庭事情の複雑化、転職市場の活性化があります。社員が「ここでは働き続けられない」と感じたとき、すぐに別の職場に移ることが容易になった今、企業側が強硬に配転命令を出すだけでは人材を失うリスクが高まっているのです。

 また、価値観の変化も大きな要因です。企業への忠誠よりも、自分のキャリアや生活を優先したいと考える社員が増えており、企業と社員の関係性自体が変化しています。従って、命令の正当性があっても、企業側には「辞められてしまうかもしれない」という現実的なリスクを見据えた判断が求められます。

職種変更命令の法的考慮と対応策

 配転と並び、職種変更(担当業務の変更)についても慎重な対応が必要です。社員の中には「自分の仕事は自分で決めたい」「これまで蓄積してきたスキルを活かせない仕事はしたくない」と考える人が増えており、他の業務への異動命令に対して強く反発されることもあります。

 この背景には、リストラや早期退職などの影響で、会社が一生面倒を見てくれるわけではないという認識の広まりがあります。そのため社員は他社でも通用するスキルや経験を意識し、キャリア形成の主導権を自ら握ろうとする傾向が強くなっています。

 法的には、契約内容に職種限定の合意がない限り、職種変更命令も有効となることが多いですが、不当な動機があったり、過度な不利益が生じたりすれば無効とされることもあります。また、命令に応じなかったからといって即座に解雇することは、裁判で不当と判断される可能性があります。まずは丁寧な説明や面談を通じて、社員の意向や事情を把握することが求められます。

配転・職種変更をめぐる実務対応と判断のポイント

 実務対応においては、まず社員の意向や事情を丁寧に把握することが不可欠です。希望勤務地や担当業務についてのアンケート調査や、配転候補者との個別面談を実施し、具体的な理由や支障の程度を確認します。その上で、業務上の必要性と社員の希望・不利益のバランスを比較し、最適な判断を行うことが求められます。

 配転命令の必要性が高くても、社員が生き生きと働けるか、離職のリスクがどの程度あるかを慎重に検討する必要があります。また、企業としての魅力、たとえば給与や福利厚生、職場環境、企業のブランド力などが社員の定着にどう影響するかも判断材料となります。

 社員個々の事情に応じた柔軟な対応が不可欠な時代においては、的確な状況把握と戦略的な判断力が企業側に求められます。対応を誤れば、労働紛争や人材流出といった大きな損失を招くおそれがありますので、専門的なアドバイスを受けながら慎重に進めることが望ましいでしょう。

現代の労働環境におけるタレントマネジメントとしての配転

 配転や職種変更は、単なる労務管理の問題ではなく、人材活用戦略の一環として位置づけるべきものです。どこに誰を配置し、どんな仕事を任せて能力を引き出すかは、企業経営にとって極めて重要なテーマです。タレントマネジメントの視点からも、社員一人ひとりの特性や希望、家庭の事情を踏まえたうえで、最適な配転を行うことが企業成長の鍵となります。

 もはや「裁判に勝てるかどうか」という観点だけでは不十分です。社員の力を最大限に引き出し、定着率を高め、企業全体の生産性を向上させていくためには、法的リスクの最小化と同時に、経営的観点からの判断が不可欠です。

専門家のサポート

 四谷麹町法律事務所では、問題社員への対応に関して、個別の注意指導の仕方や、懲戒処分の進め方、社員への対応方法について具体的なサポートを行っています。さらに、状況によっては企業側代理人として、問題社員や、相手の代理人弁護士との交渉も行っています。

 訴訟や労働審判になる前の段階から適切な対応を行うことで、企業側の負担を軽減し、トラブルの早期解決が可能となります。問題社員の対応でお悩みの際は、会社側専門の経験豊富な四谷麹町法律事務所にぜひご相談ください。

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