不正行為

社員の横領・不正受給が発覚したら?企業がとるべき初動対応と再発防止策

動画解説

社員の横領・不正受給が発覚したときの経営者の対応とは

 会社の金銭や備品を着服されたり、通勤手当などを不正受給されたりするという出来事は、経営者にとって大きなショックです。「まさかうちで」「信じていたのに」「性善説でやっていたのに」──このように語る経営者も少なくありません。しかし、企業経営とは、単に善意に期待するものではなく、万が一の不正を防ぐ仕組みを整えることが求められます。

 その気になれば不正ができる環境があるということ自体が、実は企業側の管理の甘さを示すものでもあります。同じ人でも、不正が難しい厳格な管理下であれば不正に及ばないことが多いのです。逆に「バレるかもしれないけど、今ならできる」と思わせてしまう環境にあると、不正に手を染めてしまうリスクが高まります。

 つまり、経営者の責任として重要なのは、「不正をした人が悪い」だけで終わらせず、「不正をできてしまった環境」を見直し、再発を防止することです。自社から犯罪者を生まない、社員の倫理を支える職場環境を整備することこそが、企業の信頼と持続可能性を守る鍵なのです。

会社がまず最初に行うべき証拠の確保と情報整理

 不正が発覚した際、最初にやるべきことは「証拠の収集と情報整理」です。調査や本人への聴き取りを効果的に進めるためにも、また、相手が虚偽を述べたり責任逃れをしようとした場合の対抗手段としても、事前の準備が重要です。

 たとえば、預金口座の出入金データを整理する、匿名通報があった場合は通報内容を記録し、関係者へのヒアリングを実施しておくなど、初動の対応がその後の調査の質を左右します。証拠の精度と量が、その後の懲戒処分や返金交渉、さらには法的手続きにも影響を及ぼします。

 不正の疑いがある社員に対しては、速やかに対象の財産・データへのアクセスを遮断し、不正行為の拡大や証拠隠滅を防ぐ措置を講じることが大切です。その上で、できる限り早期に聴き取り調査を行い、事実関係を把握することが望まれます。

調査の進め方と効果的な聴き取りの手法

 調査の核心は「事実の確認」です。いつ・どこで・誰が・何を・どのように行ったか、いわゆる5W1Hの観点から、客観的かつ具体的な情報を集める必要があります。「私は横領しました」「何でも従います」といった曖昧な自白よりも、実際にどのような行動があったのかを確認することが最も重要です。

 面談によって得られる情報は、言葉のやりとりが中心になりますが、記録として残すにはメモだけでは不十分なこともあります。発言内容の再確認や矛盾の追及が必要な場面では、明確な証拠が不可欠です。特に後日、事実認定や懲戒処分、あるいは裁判になった際には、言った・言わないの水掛け論を避けるためにも、記録の精度が問われます。

書面や録音など証拠確保の具体的な方法

 証拠として残す方法にはさまざまな手段があります。たとえば、聴取内容をまとめた報告書を上司に提出することや、社長であれば顧問弁護士にメールで報告するのも有効です。メールは送信時間が記録に残るため、後日の証拠として高い価値があります。

 録音も有効な手段です。相手が録音されていると知れば警戒する可能性はありますが、それでも証拠性の高い方法として多くの企業で用いられています。また、本人に事情説明書や顛末書などの書面を提出させることも、証拠確保の基本的な手段です。

 ただし「始末書」という名称は避けた方が無難です。始末書を取ったことで既に懲戒処分を科したとみなされ、その後の懲戒解雇が二重処罰と主張される可能性があるためです。より中立的な表現である「顛末書」「事情説明書」を用いることで、無用な論点を避けることができます。

 本人が提出してきた書面に言い訳や事実の歪曲が含まれていたとしても、それ自体が証拠になります。突き返すことなく保存し、必要であれば追加の説明書を求めるなど、慎重かつ確実な対応が求められます。

返還交渉と損害回復の実務的アプローチ

 事実関係と証拠の整理が済み、不正行為が明らかになった場合、次に考えるのは「損害をどう回収するか」です。中小企業にとっては、被った損害の回復が最も現実的な関心事というケースも多く見られます。

 返還方法としては、原則として現金の返済です。会社の口座に振り込んでもらうか、現金を受け取って領収書を発行する方法が一般的です。一方で、給与からの天引きは注意が必要です。労働基準法第24条「賃金全額払いの原則」に反するおそれがあり、税金や社会保険料など法律で定められた控除以外は、労使協定や個別の合意が必要となります。

 返還の合意が成立した場合には、必ず書面を作成し、返済額・返済方法・期日などを明記して署名捺印を取りましょう。口約束では支払いが滞るケースが非常に多いため、法的にも有効な証拠として残す必要があります。原則として、不正に取得された金銭は全額返還してもらうのが基本です。給与の損害について一定割合しか負担させない場合とは異なり、横領・不正受給については全額回収を前提に考えるべきです。

懲戒処分の判断と適切な運用のポイント

 損害回収と並んで重要なのが、懲戒処分の検討です。会社財産の横領や備品の窃盗、不正受給などは、一般的には懲戒解雇が相当とされる重大な背信行為です。ただし、処分の妥当性は事案ごとの事情により異なります。

 通勤手当の不正受給などの場合、横領や窃盗ほど悪質性が高くないとされ、出勤停止や減給など、比較的軽い処分が適用されることもあります。「懲戒解雇は当然」と短絡的に決めるのではなく、社内秩序・事案の重大性・本人の反省態度などを総合的に考慮し、懲戒処分の種類と重さを判断すべきです。

 また、懲戒解雇を行う際には、退職金の扱いにも注意が必要です。就業規則に基づき不支給や減額とする場合でも、「勤続年数に対する報償性」「生活保障としての性格」などが考慮されるため、裁判では会社側の主張が認められないケースもあります。不支給や減額の判断は、就業規則の整備と個別事情の把握を前提に、慎重に行う必要があります。

合意退職・退職勧奨をめぐる対応策

 不正行為を行った社員に対して懲戒解雇を実施せず、合意退職での解決を目指すケースもあります。特に中小企業では「とにかく辞めてもらえればよい」という考えから、合意退職を優先することも多いです。

 社員が自ら退職の意思を示す場合には、退職届を受け取り、退職日と承認の意思を明確にして退職手続きを確定させます。一方、本人が辞意を示さない場合は、退職勧奨という形で丁寧な面談を行い、退職の理由を説明しつつ条件面の提示を行います。このとき「なぜ辞めなければならないのか」をしっかり説明できることが、のちの解雇が無効とされないための重要なポイントになります。

 説明の根拠が曖昧であると、退職勧奨が違法な圧力と評価されることもあるため、準備と対応は慎重に行う必要があります。こうした判断には、弁護士の助言を受けながら対応を進めることが安全です。

刑事告訴を検討する際の考え方と留意点

 最後に、刑事告訴を行うべきかどうかの判断です。これは会社の方針や風土によって大きく異なります。コンプライアンス重視の企業であれば、「横領などの背信行為に対して刑事責任を問わなければならない」と考えることもあるでしょう。

 一方で、「大きく騒ぎになるのは避けたい」「損害さえ回収できれば十分」として刑事告訴を見送る企業もあります。どちらが正しいということではなく、自社の方針と社会的影響を見据えた判断が求められます。

 刑事告訴を行う場合には、十分な証拠を確保した上で、弁護士を通じて警察や検察に告訴状を提出するのが一般的です。その準備には時間がかかるため、初動から証拠の整理と事実認定を慎重に進めておく必要があります。

専門家への相談

 四谷麹町法律事務所では、社員による横領や不正受給などの社内不正に対する対応について、証拠収集のアドバイスから事実認定、返還交渉、懲戒処分、合意退職や解雇の実務的な判断まで、企業側に立った総合的なサポートを提供しています。

 適切な対応を迅速に講じることで、企業の被害を最小限にとどめ、再発防止につなげることが可能です。社内不正でお困りの際は、ぜひ経験豊富な会社側専門の弁護士が在籍する四谷麹町法律事務所にご相談ください。

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